武蔵野市のグリーンパーク遊歩道は約1.5km、廃線跡を歩くウォーキングコース

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武蔵野市のグリーンパーク遊歩道は、境浄水場の東側にある玉川上水沿いから都立武蔵野中央公園の正面入り口までを結ぶ、約1.5キロメートルの平坦な散策路です。武蔵境駅の北口から徒歩でおよそ13分で着き、ウォーキングコースとして使いやすい道と言えます。

しかもこの道は、もともと国鉄の武蔵野競技場線が走っていた線路の跡です。花と緑を眺めながら歩くだけでなく、野球場のために造られた短命の電車、戦前の中島飛行機の工場、大正時代から続く浄水場といった、この土地の歴史まで一緒に歩けます。

この記事では、遊歩道の距離やアクセスといった基本情報に始まり、名前の由来と廃線跡の歴史、ぎんなん橋でつながる三鷹市側の道、ゴールの武蔵野中央公園、そして距離別の歩き方までをまとめました。2026年9月21日時点で確認できた情報をもとに書いています。

目次

グリーンパーク遊歩道は約1.5キロで、往復すると3キロ前後のウォーキングコース

グリーンパーク遊歩道は、東京都武蔵野市関前1丁目にある遊歩道で、武蔵野市公式ホームページの施設案内では面積が2,407.00平方メートルとされています。境浄水場の東側、玉川上水沿いの地点から、都立武蔵野中央公園の正面入り口までをつなぎます。

距離については、ぎんなん橋から武蔵野中央公園までが約1.5キロメートルという情報があります。片道1.5キロなら往復でおよそ3キロメートルです。ただし、どこを起点にしてどこで折り返すかによって歩く距離は変わるため、3キロという数字は目安として受け取ってください。

基本情報を表にまとめます。

項目内容
所在地東京都武蔵野市関前1丁目
面積2,407.00平方メートル
区間境浄水場東側の玉川上水沿いから都立武蔵野中央公園の正面入り口まで
距離の目安ぎんなん橋から武蔵野中央公園まで約1.5キロメートル
最寄り駅JR中央線の武蔵境駅北口から徒歩約13分
沿道の植栽ツツジ、ハナミズキ、ハギなど
前身旧国鉄の武蔵野競技場線の廃線跡

歩道沿いにはツツジ、ハナミズキ、ハギなどが茂っていて、1年を通して花と緑を楽しめる道だそうです。花ごとの見頃の月については、私の手元の情報では確認できていません。目当ての花がある場合は、歩く前に武蔵野市の公式情報で確かめておくと安心です。

武蔵境駅北口から徒歩約13分、坂が少ないので歩き始めのハードルは低い

グリーンパーク遊歩道の最寄りは、JR中央線の武蔵境駅です。北口を出て北へ向かうと、玉川上水や境浄水場の周辺に出ます。武蔵境駅は武蔵野市のいちばん西にある駅で、駅から遊歩道の入り口までの徒歩はおよそ13分です。

道は花と緑に囲まれた平坦な散策路として案内されています。もとが鉄道の線路ですから、急な坂を想定しなくてよいのは理にかなっています。普段あまり運動をしない人や、散歩の習慣をこれから付けたい人に向いた道だと私は考えます。靴も、特別なウォーキングシューズまでは要らないでしょう。

ゴールの武蔵野中央公園から駅へ戻るときは、バスが使えます。JRの三鷹駅か吉祥寺駅から柳沢駅行きのバスに乗れば「武蔵野中央公園」で降りて徒歩1分、西武新宿線の西武柳沢駅からは三鷹駅や吉祥寺駅行きのバスで同じバス停に着きます。行きは歩いて、帰りはバスという組み立ても成り立ちます。

遊歩道の前身は1951年開業の武蔵野競技場線という廃線跡

グリーンパーク遊歩道は、旧国鉄の武蔵野競技場線の廃線跡を利用して造られました。武蔵野競技場線は、三鷹駅から現在の武蔵野中央公園の入り口付近までを結んでいた路線です。

戦前には、武蔵境駅と中島飛行機武蔵製作所のあいだに、資材を運ぶための引き込み線がありました。この引き込み線は1950年に廃止され、その線路を活用して1951年に開業したのが武蔵野競技場線です。年表にすると次のとおりです。

出来事
戦前武蔵境駅と中島飛行機武蔵製作所のあいだに、資材を運ぶ引き込み線が敷かれていた
1950年旧中島飛行機武蔵製作所の引き込み線が廃止された
1951年(昭和26年)4月14日国鉄中央本線の支線として、三鷹から武蔵野競技場前までの3.2キロメートルが開業した。単線で電化されていた
1952年電車の運行が休止の状態になったとされる
1956年(昭和31年)武蔵野グリーンパーク野球場が取り壊された
1959年(昭和34年)11月1日武蔵野競技場線が正式に廃止された

名前の由来は進駐軍が使っていた地名

グリーンパークという名前は、終戦直後にアメリカ軍が使っていた地名から来ています。アメリカ軍は当時、中島飛行機武蔵製作所の跡地、つまり現在の武蔵野中央公園の一帯を接収していました。占領期の地名が、そのまま遊歩道の名前として残りました。

電車が実際に走った期間は実働8か月

武蔵野競技場線は、グリーンパーク野球場の開場に合わせて1951年に開業した路線でした。散歩系のメディアには「1シーズンだけの幻電車」と題した記事があり、鉄道系のメディアには「実働わずか8か月」と書いた記事があります。運行が休止の状態になったのは1952年で、開業からほぼ1年です。廃止の手続きが済んだのは、それから7年後の1959年でした。

野球場が使われたのは1951年のたった1シーズン

武蔵野グリーンパーク野球場が使われたのは、1951年の1シーズンだけです。この年にプロ野球が16試合、大学野球が19試合行われたと伝えられています。球場は1956年に取り壊され、球場へ客を運ぶために造られた路線も役目を失いました。

いまグリーンパーク遊歩道を歩く人は、1シーズンだけの野球場と、そこへ通った短命の電車の名残を踏んでいることになります。線路がここにあったと知って歩くと、まっすぐで平らな道の意味が分かってきます。

ぎんなん橋を渡ると三鷹市の堀合遊歩道まで廃線跡が続く

ぎんなん橋は、玉川上水に架かる橋です。三鷹市の公式サイトでは「玉川上水にかかっていた鉄橋」として案内されています。中島飛行機武蔵製作所への引込線の軌道跡だったグリーンパーク遊歩道と、三鷹市側の堀合遊歩道をつなぐ橋として架けられました。

玉川上水はこの場所で三鷹市と武蔵野市の境になっています。橋を渡るだけで市境をまたぎ、廃線跡が途切れず一本になります。橋の上には、かつてここを鉄道が通っていたことを示す記念碑が置かれているそうです。気づかずに渡ってしまう人が多そうな場所なので、立ち止まって確かめてほしいところです。

武蔵野競技場線の廃線跡は、玉川上水を境にして南北で呼び名が違います。三鷹市側の南の区間は堀合遊歩道、武蔵野市側の北の区間はグリーンパーク遊歩道とグリーンパーク緑地です。

堀合遊歩道は、三鷹電車庫の近くにある堀合児童公園から始まり、弧を描くように新武蔵境通りまで続く緑地帯です。多摩めぐりブログや旅行系サイト、廃線跡を扱うサイトでは、堀合遊歩道とグリーンパーク遊歩道を続けて歩くコースが取り上げられています。武蔵野市観光機構の公式ブログにも、ぎんなん橋から境橋のあいだを歩いた散歩の記事があります。

私なら、ぎんなん橋を起点か折り返し点に決めます。ここは廃線跡と玉川上水が交わる場所で、コースの目印としていちばん分かりやすいからです。

玉川上水緑道は約24キロ続く土舗装の道で、グリーンパーク遊歩道とつながる

グリーンパーク遊歩道の入り口は玉川上水沿いにあるので、玉川上水緑道も一緒に頭に入れておくと歩く幅が広がります。

玉川上水緑道は、杉並区の浅間橋から福生市の平和橋までの約24キロメートルにわたって、玉川上水沿いの平坦地に整備された土舗装の遊歩道です。1957年12月の建設省の都市計画に基づいて整備が進み、1981年6月1日に開園しました。通る自治体は福生市、昭島市、立川市、小平市、三鷹市、武蔵野市、杉並区の7つで、植栽にはクロガネモチ、コナラ、サクラなどがあります。明るい雑木林が残り、ベンチに座って玉川上水を眺められる場所もあります。

玉川上水は1654年に玉川兄弟が造った全長約43キロの水路

玉川上水は、1654年に玉川兄弟が造った水路です。羽村の取水口から四谷大木戸まで、全長約43キロメートルの水路が武蔵野の台地を流れています。江戸の六上水と呼ばれる水路の一つで、玉川上水、神田上水、本所上水、青山上水、三田上水、千川上水の6本を数えます。上水の沿道にはサクラやシイなどが植えられ、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉と、季節ごとに景色が変わります。武蔵野市観光機構の公式ブログには、江戸時代からの桜の名所として、桜橋から桜堤を歩く記事もあります。

三鷹駅周辺の風の散歩道はベビーカーでも歩ける舗装路

三鷹駅の南口を出て線路沿いに吉祥寺方面へ歩くと、三鷹市と武蔵野市の境を流れる玉川上水が見えてきます。このあたりの風の散歩道は、路面がきれいに舗装されているので、ベビーカーでも歩きやすい遊歩道です。

多磨駅から武蔵境駅までの約13.2キロは文学散歩にもなる

NAZOARUKIの「武蔵野の路18.玉川上水コース」は、調布市の野川公園を起点に、武蔵野市関前五丁目まで約13.2キロメートルを歩くコースです。久我山の兵橋から関町の境橋までは、木漏れ日の緑道が続きます。玉川上水沿いには、山本有三、太宰治、国木田独歩の記念碑やゆかりの場所が点在していて、文学を巡る散歩にもなります。

グリーンパーク遊歩道の1.5キロだけでは物足りない人は、この玉川上水沿いの道を組み合わせて距離を伸ばせます。

起点近くの境浄水場は1924年に通水した緩速濾過方式の大型施設

遊歩道の起点付近には、東京都水道局の境浄水場があります。所在地は武蔵野市関前一丁目で、1924年(大正13年)3月30日に通水しました。原水は村山貯水池(多摩湖)と山口貯水池(狭山湖)から引き入れています。緩速濾過方式の浄水場としては日本最大規模で、第一水道拡張事業の第1期工事の一環として造られました。

意外なのは、この浄水場が玉川上水と直接つながっていないことです。取水は村山貯水池から地下の導水管で行っているため、玉川上水との関係はありません。さらに、武蔵野市は水道事業を東京都水道局に委託せず、市営の水道を運営しています。そのため、境浄水場の水が武蔵野市内に給水されることはないそうです。

散歩の途中で目にする浄水場の敷地は、大正時代から続く水道施設です。花や緑ばかりに目が向きがちですが、水を扱う施設を眺めるのも、この道ならではの寄り道になります。

ゴールの武蔵野中央公園は約10ヘクタールの芝生広場

グリーンパーク遊歩道の終点は、武蔵野市八幡町にある都立武蔵野中央公園です。芝生が主体の広い公園で、面積は100,898.20平方メートル、およそ10ヘクタールです。1989年に開園したとされ、約11ヘクタールと書いた資料もあります。数字が少し違うのは、概数の取り方が資料ごとに異なるためです。

園内には広い原っぱのほか、月待台、風を見る丘、遊具広場、人工芝のテニスコート4面、ゲートボール場、バーベキュー広場があります。原っぱでは凧あげや紙飛行機を楽しむ人が多く、バーベキューは事前予約制です。歩き終えたあとにお弁当を広げて休めるのは、この公園を終点にする大きな利点でしょう。

公園の花は、次のような時期に咲くとされています。

時期
1月下旬から2月ごろソシンロウバイ
2月下旬から河津桜(咲き始め)
3月下旬から4月上旬桜(約50本が見頃)
6月ごろラベンダー

武蔵野中央公園の地下と地上には中島飛行機武蔵製作所の歴史が残る

武蔵野中央公園は、中島飛行機武蔵製作所の西工場の跡地に造られた公園です。三鷹市の平和まち歩きのサイトでも「中島飛行機武蔵製作所西工場跡地」として案内されています。グリーンパーク遊歩道のゴールが、そのまま戦争の歴史を伝える場所でもあるわけです。

発動機工場から始まり、従業員は約4万5千人にのぼった

中島飛行機武蔵製作所は、1938年に陸軍向けの発動機工場として作られました。1941年には海軍向けの施設が開かれ、1943年の終わりごろに両者が統合されて、武蔵製作所の東工場と西工場になりました。零戦や隼に使われた栄型エンジンを約1万4千台つくったとされ、従業員は約4万5千人にのぼりました。

1944年11月24日に最初の空襲を受け、終戦までに9回爆撃された

武蔵製作所は、マリアナ諸島から飛来したアメリカ軍による本土空襲の、最初の標的の一つでした。最初の空襲は1944年(昭和19年)11月24日で、終戦までに合計9回の空襲を受けています。鉄筋コンクリートの建物を除いて、大きな被害が出ました。

1944年12月3日の空襲では、防空壕の周辺にも爆弾が落ちました。多くの工員と、動員されていた10代から20代の学生が亡くなっています。

運動場の観客席は防空壕に、上には高射砲が置かれた

現在の運動施設のあたりは、かつて中島飛行機の運動場でした。観客席に塹壕を掘って防空壕にし、上に高射砲が置かれていたそうです。

戦争の痕跡を知る手がかりは、いくつもあります。武蔵野市は市内に平和案内説明板を設置していて、その場所を示したマップを公式ホームページで公開しています。三鷹市の平和まち歩きのサイトにも「中島飛行機武蔵製作所と空襲大型説明板」の案内があります。SUBARUの企業サイトには「武蔵野中央公園に残る中島飛行機武蔵製作所の形跡」という記事があり、中島飛行機は現在のSUBARUの前身にあたる企業です。戦跡を案内するサイトには、グリーンパーク周辺の「関前高射砲陣地跡」の記事もあります。

みたか都市観光協会は、戦後80年にあたる2025年に、三鷹駅から廃線跡を通って武蔵野中央公園へ向かう「戦争遺跡をたどるウォーキング」を案内しました。この遊歩道が、地域の戦争と鉄道の歴史を伝える散策路として使われている例です。

歩き方は短め往復、三鷹駅からの長め、歴史散歩の3通り

グリーンパーク遊歩道の歩き方は、時間と体力に合わせて選べます。難しい組み立ては要りません。比較を表にしました。

コース歩き方向いている人
短め往復武蔵境駅北口から遊歩道の入り口へ歩き、ぎんなん橋付近から武蔵野中央公園までを歩く。公園で休んでから戻る往復3キロ前後で済ませたい人
三鷹駅からの長め三鷹駅から堀合遊歩道、グリーンパーク遊歩道と廃線跡をたどり、武蔵野中央公園へ。帰りは三鷹駅や吉祥寺駅行きのバスを使う歩く距離を伸ばして廃線跡を通しでたどりたい人
歴史散歩旧中島飛行機武蔵製作所と戦争遺跡に思いをはせながら、廃線跡を歩く土地の歴史に興味がある人

初めて歩くなら、私は短め往復をすすめます。駅から徒歩約13分と入りやすく、平坦で疲れにくく、ゴールの広い公園で休憩もできるからです。距離が物足りなければ、次の回に堀合遊歩道側へ足を伸ばせば十分です。

玉川上水緑道や堀合遊歩道と組み合わせれば、距離は自由に調整できます。玉川上水沿いは桜、新緑、紅葉の季節ごとに景色が変わります。同じコースを季節を変えて歩く楽しみもあります。

グリーンパーク遊歩道についてよくある疑問

距離はどれくらいで、往復するとどれくらいになりますか

ぎんなん橋から武蔵野中央公園までは約1.5キロメートルで、往復ならおよそ3キロメートルです。起点と終点の取り方で変わるので、目安として考えてください。

駅から歩いていけますか

行けます。JR中央線の武蔵境駅北口から徒歩でおよそ13分です。

帰りに使える交通手段はありますか

武蔵野中央公園からは、JRの三鷹駅・吉祥寺駅、西武新宿線の西武柳沢駅とのあいだをバスが結んでいます。「武蔵野中央公園」のバス停は公園から徒歩1分です。

なぜグリーンパークという名前なのですか

終戦直後にアメリカ軍が、中島飛行機武蔵製作所の跡地である現在の武蔵野中央公園の一帯を接収していました。そのとき軍が使っていた地名が由来です。

遊歩道はもともと何だったのですか

旧国鉄の武蔵野競技場線の廃線跡です。1951年4月14日に三鷹から武蔵野競技場前まで3.2キロメートルが開業し、1959年11月1日に廃止されました。

廃線跡を三鷹駅から通して歩けますか

歩けます。玉川上水にかかるぎんなん橋が、三鷹市側の堀合遊歩道とグリーンパーク遊歩道をつないでいます。三鷹市側は堀合児童公園から新武蔵境通りまでの緑地帯です。

公園で楽しめるものは何ですか

原っぱ、月待台、風を見る丘、遊具広場、テニスコート、ゲートボール場、バーベキュー広場があります。バーベキューは事前予約制です。

廃線跡と玉川上水と公園を一度に歩けるのがこの遊歩道の強み

武蔵野市のグリーンパーク遊歩道は、約1.5キロメートルと短く、坂も少ない散策路です。ただ短いだけでなく、1951年に開業して実働わずか8か月とも言われる武蔵野競技場線の跡であり、玉川上水緑道や堀合遊歩道、ぎんなん橋、境浄水場、武蔵野中央公園まで、歩く先々に見どころが並んでいます。

花と緑を眺めるだけなら、ほかにも歩きやすい道はあるでしょう。それでもこの道を選ぶ理由は、廃線跡と玉川上水と戦前の工場跡地が、1.5キロの中に重なっているところにあります。散歩の途中で、線路がここを走っていたこと、工場がここにあったことを思い出せば、同じ道が違って見えます。

歩くときは、武蔵境駅北口から徒歩約13分で入り口へ向かい、ぎんなん橋のあたりを目印にして、ゴールの武蔵野中央公園で休憩する流れがいちばん無理がありません。花の見頃や公園の利用ルールなど、最新の情報は武蔵野市の公式ホームページで確認してから出かけてください。

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