鞆の浦の常夜燈を起点に歩く港町散策、時間別コース3通り

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広島県福山市の鞆の浦は、湾の奥に立つ常夜燈を起点にして、港のまわりを1時間から4時間ほどで歩いて回れる港町です。常夜燈、雁木、波止、焚場跡、船番所跡という江戸時代の港湾施設が5つそろって残る港は、全国で鞆の浦だけです。短く歩くなら常夜燈の周辺を約1時間から1時間半、対潮楼や歴史民俗資料館まで足をのばすなら3時間から4時間をみておけば、慌てずに回れます。

鞆の浦は、瀬戸内海のほぼ中央、沼隈半島の先端にあります。満ち潮と引き潮がぶつかる場所にあたるため、昔の船はここで潮の向きが変わるのを待ちました。人も荷物もこの港に集まり、町は交易で栄えます。その名残が、弧を描く湾のまわりに今も並んでいるのです。

町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれ、日本遺産とユネスコの「世界の記憶」にもかかわっています。この3つがすべてそろう地域は、国内では鞆の浦だけです。見どころは徒歩圏内にまとまっているので、バスを降りたら、あとは自分の足で十分に回れます。坂や石畳の多い町なので、靴だけは歩きやすいものを選んでください。

目次

鞆の浦が「潮待ちの港」として栄えた理由は瀬戸内海の潮の流れ

鞆の浦が港町として栄えた理由は、瀬戸内海の潮の流れが変わる地点にあったことです。瀬戸内海は、潮の満ち引きによって流れの向きが入れ替わる海です。鞆の浦のあたりでは、満ち潮と引き潮がちょうどぶつかります。

昔の船は、潮の流れが変わるのを待たなければ先へ進めませんでした。そこで船は鞆の浦に入り、潮の流れが行き先へ向くのを待ってから出ていきました。これが「潮待ちの港」と呼ばれるゆえんです。船が待つあいだ、港には人と荷物が集まります。こうして鞆の浦は人と物が行き交う寄港地になり、交易の町として発展しました。

万葉集の時代から詠まれてきた鞆の浦の景色

鞆の浦の景色は、千年以上前から旅人の心をとらえてきました。『万葉集』には鞆の浦を詠んだ歌が収められており、大伴旅人が亡き妻をしのんでこの地で歌を詠んだと伝わっています。

江戸時代に入ると、漢詩人の頼山陽が鞆の浦の美しさを「山紫水明」とたたえました。常夜燈の前に立って弧を描く湾を眺めると、この四文字が大げさではないとわかります。

鍛冶と酒造と漁業で暮らしてきた港町

鞆の浦の人々は、港を中心に鍛冶業、酒造業、漁業で暮らしを立ててきました。酒造業の中心は、鞆の浦発祥の保命酒です。江戸時代の特産品として知られ、その醸造で栄えた大商家の建物は、今も太田家住宅として残っています。

鞆の浦は近代化の影響を受けにくかったため、古い港町の雰囲気を今も保っています。細い路地や古い町家が並び、保命酒の蔵元も数軒が残っていて、伝統的な店構えが連なる通りを歩けます。町を歩いていると、江戸の港町の暮らしがすぐ隣にある感覚になります。

鞆の浦に残る江戸時代の港湾施設は5つ、そろって残るのは全国でここだけ

鞆の浦の最大の特徴は、江戸時代の港湾施設が一式そろって残っていることです。福山市が挙げる5つの施設は、常夜燈、雁木、波止、焚場跡、船番所跡です。この5つがそろって現存する港は、全国で鞆の浦のほかにありません。

施設江戸時代の役割
常夜燈夜に入港する船の目印となった灯りの塔
雁木(がんぎ)石を階段状に積んだ船着き場
波止(はと)港を包むように海へ突き出した防波堤
焚場(たでば)跡船底をあぶって貝や海藻を落とした整備場
船番所跡出入りする船を取り締まった役所

雁木は潮の満ち引きに合わせて使える石の階段

雁木とは、石を階段状に積み上げた船着き場のことです。潮が満ちれば上の段、引けば下の段というふうに、その時の水位に合う段を使って荷物を上げ下ろしし、人が乗り降りしました。潮待ちの港である鞆の浦では、潮位の変化に左右されずに船を着けられることが何より大事でした。これだけの数の雁木が残る港は、鞆の浦だけです。

波止は港を守る防波堤、焚場跡は船の手入れ場

波止は、港を包み込むように海へ突き出して築かれた防波堤です。外からの波をさえぎり、湾の中に停泊する船を守りました。

焚場跡は、船の底に付いた貝や海藻を焼き落とし、船体を手入れした場所です。船を岸に引き上げ、船底を火であぶって掃除しました。この焚場跡が残っていることから、鞆の浦では船の整備や造船が盛んだったことがわかります。

船番所跡は港の出入りを見張った役所の跡

船番所とは、港に出入りする船を取り締まり、管理した役所のことです。人や荷物の出入りを見張る場所で、港の運営の中心でした。

5つの施設を、一隻の船の動きに当てはめるとわかりやすくなります。夜、沖から来た船は常夜燈の灯りを目印に湾へ入り、波止に守られた内側に停泊します。船番所が出入りを確かめ、荷物と人は雁木から陸へ上がりました。船底が汚れれば焚場で手入れをします。港のまわりを一周するだけで、この流れがひと続きでたどれます。鞆の浦を歩く価値は、ここにあると私は考えています。

鞆の浦の常夜燈は安政6年(1859年)建造、江戸期のものでは日本最大級の高さ

鞆の浦の常夜燈は、弧を描く鞆の湾の最奥部に立つ石の灯籠です。安政6年(1859年)に、西町の人々の寄進で建てられました。当時は鰊(にしん)の油で灯りをともしていたとされています。港の入口付近を照らし、夜に入港する船の目印となった塔で、今では鞆の浦のシンボルになっています。

常夜燈の高さは灯5.5メートルと基礎石3.6メートル

地上に見えている部分は、灯の高さが5.5メートル、その下の基礎石が3.6メートルです。さらに海中には亀腹型の石積みがあり、海中の石組みから頂上の宝珠までを含めた高さは約11メートルから12.1メートルに達します。基壇から10メートルを超える雄大な塔で、福山市は、現存する江戸期の常夜燈のなかで日本最大級の高さだと紹介しています。港の常夜燈としては日本一です。

数字で聞くよりも、実物の前に立つほうが大きさは伝わります。雁木の上から一度見上げてみてください。

雁木と組み合わさる常夜燈の景色は午前と午後で変わる

常夜燈の根元には雁木が組み合わされていて、石の階段が水面へと下りていきます。湾の水面に常夜燈の姿が映り込む景色は、鞆の浦を象徴する風景として親しまれ、周辺ではいつもカメラを構える人の姿があります。

常夜燈は海に向かって立っているため、午前と午後で光の入り方が変わります。到着してすぐに一度眺め、町を歩いたあとにもう一度戻ってくると、同じ塔でも表情がずいぶん違います。歩くコースを組むなら、常夜燈を最初と最後の2回通る形にしておくのがおすすめです。

常夜燈のそばのカフェで休憩できる

常夜燈のすぐ近くにはカフェがあり、散策の合間にひと休みできます。営業時間は10時から18時で、水曜が定休日です。生ビールや、鞆の浦名物の保命酒をソーダで割った飲み物も楽しめます。常夜燈の目の前で休憩できる場所があるのは、歩く側にとってありがたいところです。

鞆の浦へのアクセスはJR福山駅からバスで約30分

鞆の浦へは、JR福山駅からバスで約30分です。最寄りのバス停は鞆の浦バス停か鞆港バス停で、トモテツバスの鞆港行きに乗ると鞆港バス停まで37分ほどかかります。鞆港バス停からは徒歩3分ほどで散策を始められます。バスの所要時間は時間帯によって変わるので、出発前に最新の時刻表を見ておくと安心です。

所要時間は短時間なら1時間から1時間半、歴史散策なら3時間から4時間

常夜燈の周辺を中心にさっと回るなら、所要時間は約1時間から1時間半です。対潮楼や歴史民俗資料館、町並みの散策まで含めると3時間から4時間ほどかかります。町並みだけを歩く場合の目安は2時間から3時間です。

私の考えでは、初めて訪れるなら3時間以上を確保したほうが満足度は高くなります。常夜燈だけを見て帰ると、5つの港湾施設がどう連携していたかまでは実感しにくいからです。

服装は歩きやすい靴が前提、夏は帽子と飲み物を

鞆の浦は路地や坂が多く、石畳の道もあります。靴は履き慣れた歩きやすいものを選びましょう。夏は日差しをさえぎるものが少ない場所もあるので、帽子と飲み物を持って歩いてください。

小さな子どもと一緒の場合や、足腰に不安のある人がいる場合は、坂や階段を考えて、予定を詰め込みすぎないでください。施設の営業時間や定休日は変わることがあるため、訪れる前に福山市や福山観光コンベンション協会の公式情報で確認しておきましょう。

福山市の「潮風散歩おすすめルート」は観光情報センターから常夜燈へ向かう構成

福山市の観光案内には、「潮風散歩おすすめルート」が掲載されています。地図上の立ち寄り先は、鞆の浦バス停、観光情報センター、桝屋清右衛門宅、福禅寺対潮楼、太田家住宅、常夜燈、いろは丸展示館です。

このルートに沿うなら、鞆の浦バス停で降りて観光情報センターで地図と情報を手に入れ、町並みの名所を巡りながら常夜燈とその周辺を目指す流れになります。町並みを先に歩き、最後に港へ出る構成です。

散策の最初に立ち寄る場所としては、鞆城跡にある福山市鞆の浦歴史民俗資料館が案内されています。先に歴史の予備知識を入れておくと、そのあとに見る雁木や焚場跡が、港の仕組みの一部として目に入ってきます。資料館を先にするか後にするかで、同じ港でも見え方がかなり違ってきますね。

鞆の浦で立ち寄りたい名所の料金と営業時間

常夜燈と港湾施設のほかにも、鞆の浦には歩いて回れる名所がそろっています。主な見学先の料金と営業時間は次のとおりです。

名所特徴料金・営業時間など
福禅寺 対潮楼元禄年間(1690年頃)創建の客殿、朝鮮通信使の迎賓館大人200円、9時から17時
いろは丸展示館いろは丸事件の引き揚げ品とジオラマを展示入館料300円、10時から16時30分(閉館17時)
太田家住宅保命酒の商家の建物群、国の重要文化財中学生以上400円、小学生200円、10時から16時30分(閉館17時)
御舟宿いろは旧魚屋萬蔵宅、いろは丸事件の談判跡食事・喫茶10時から17時、火曜休み
医王寺天長3年(826年)、空海の開基と伝わる寺院高台から町並みを一望
沼名前神社1800年以上前の創建と伝わる古社重要文化財の能舞台

福禅寺の対潮楼は大人200円で仙酔島を望む客殿

福禅寺の対潮楼(ふくぜんじ たいちょうろう)は、福禅寺の本堂に隣接する客殿です。元禄年間、1690年頃に創建され、朝鮮通信使の迎賓館としても使われ、通信使が滞在した場所として知られています。

座敷からは瀬戸内海と、弁天島や仙酔島を一望できます。窓の外に海と島が広がる眺めは、鞆の浦を代表する景色のひとつです。拝観料は大人200円、営業時間は9時から17時です。200円でこの景色が見られるなら、立ち寄らない手はありません。

いろは丸展示館は入館料300円、海底から引き揚げた石炭や古伊万里を展示

いろは丸展示館は、幕末の「いろは丸事件」の資料を展示する施設です。坂本龍馬が率いる海援隊の船「いろは丸」が沈んだ事件にまつわるもので、近年の潜水調査で引き揚げられた石炭や滑車、古伊万里の茶碗などが並びます。沈没のようすをジオラマで再現したコーナーもあります。入館料は300円、営業時間は10時から16時30分で、閉館は17時です。

いろは丸事件の談判跡は旧魚屋萬蔵宅、今は「御舟宿いろは」

1867年4月23日、坂本龍馬が率いる海援隊のいろは丸と、紀州藩の軍艦明光丸が衝突しました。いろは丸は鞆港へ曳航される途中で沈没しています。その後の賠償交渉は、日本初の海難審判とされています。

交渉の場になったのが鞆の浦でした。紀州藩側は円福寺を宿舎とし、双方の宿泊先の中間にあたる魚屋萬蔵宅や、福禅寺の客殿である対潮楼などで談判が行われたと伝わります。魚屋萬蔵宅は修復されて「御舟宿いろは」となり、宿泊のほか食事や喫茶もできます。所在地は福山市鞆町鞆670で、食事・喫茶は10時から17時、火曜が休みです。建物の角には石碑が立っています。

展示館で事件の経緯を知ったあとに談判跡の前に立つと、幕末の交渉がこの小さな港町で行われたことに驚かされます。

太田家住宅は保命酒で栄えた商家、国の重要文化財

太田家住宅は、保命酒の醸造で栄えた中村家が拡張・増築した建物群で、国の重要文化財に指定されています。料金は中学生以上400円、小学生200円、営業時間は10時から16時30分で、閉館は17時です。商家の暮らしぶりと、港町の経済力がどれほどのものだったかが、建物群から伝わってきます。

医王寺の高台から鞆の浦の町並みと仙酔島を一望

医王寺は、天長3年(826年)に空海が開いたと伝わる寺院です。本尊の木造薬師如来立像は県の重要文化財です。高台にあるため、境内からは鞆の浦の古い町並みや、瀬戸内海に浮かぶ仙酔島など、鞆の浦一円を見渡せます。坂を上る分だけ足は疲れますが、町全体を上から眺められる場所は多くありません。

沼名前神社には豊臣秀吉が愛用したと伝わる能舞台

沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)は、1800年以上前に創建されたと伝わる格式の高い古社です。重要文化財の能舞台は豊臣秀吉が愛用したものとされ、かつては組み立て式だったと伝わっています。

岡本亀太郎本店と鞆の津ミュージアムも町歩きの途中に

町並みの中には、ほかにも寄り道先があります。岡本亀太郎本店は、福山城の長屋門を移築したとされる入口が特徴の建物です。鞆の津ミュージアムや、龍馬ゆかりの桝屋清右衛門宅も、町歩きの途中に立ち寄れる見学先です。伝統的建造物群保存地区の細い路地を、気になった角で曲がりながら歩くのも、鞆の浦ならではの楽しみ方です。

仙酔島へは市営渡船「平成いろは丸」で約5分

仙酔島(せんすいじま)は、鞆の浦の沖に浮かぶ周囲約5.2キロメートルの小島です。鞆の市営渡船場から、福山市営渡船「平成いろは丸」に乗れば約5分で渡れます。日中は1時間に3本程度の運航で、車は積めません。島でいちばん高い大弥山(標高158.7メートル)には遊歩道が設けられています。

阿伏兎観音は鞆の浦から西へ約4キロメートル

阿伏兎観音(磐台寺観音堂)は、鞆の浦から西に約4キロメートルの阿伏兎岬にあります。岩の上に朱色の観音堂が建ち、境内からは波が打ち寄せる迫力のある景色を楽しめます。町歩きの範囲からは外れるので、車やバスで足をのばして訪れる場所です。

鞆の浦の名物は鯛料理と保命酒、お土産は鯛みそと練り物

鞆の浦の名物は、鯛料理と保命酒です。瀬戸内の海で獲れる鯛を使った料理が各店で味わえ、お土産には鯛みそや練り物、保命酒が選べます。

衣笠の鯛づくし膳は要予約で4,400円

季節料理の「衣笠」は、鮮魚店が営む海鮮料理店です。鯛づくし膳は要予約で4,400円です。営業時間は11時30分から13時30分と、18時から19時30分で、水曜が休みです。昼の営業は2時間しかないので、歴史散策コースの途中で昼食をとるなら、予約の時間から逆算して歩く順番を決めておくと失敗しません。営業時間は変更されることがあります。

保命酒は鞆の浦発祥、鞆酒造では店頭で試飲できる

保命酒は、江戸時代の初期につくられはじめた鞆の浦発祥のお酒です。もち米と麹、焼酎に複数の素材を漬け込んで造るリキュールで、各蔵元の保命酒をお土産として買えます。保命酒屋鞆酒造では店頭で試飲ができます。重くて持ち歩きたくない人は、散策の最後に買うのが正解です。

鞆 肥後屋の鯛みそは赤と白と胡麻煮の3種類

鯛みその専門店「鞆 肥後屋」では、瀬戸内の鯛と、まろやかな風味の府中味噌で作った鯛みそを買えます。種類は赤と白と胡麻煮の3つです。

阿藻珍味の食遊館では鯛ちくわやじゃこ天を

「阿藻珍味 鞆の浦鯛匠の郷 食遊館」は、鯛ちくわ、じゃこ天、蒲鉾といった海産加工品を中心に扱う店です。歩きながらつまめる品もあり、散策の相棒にちょうどいい存在です。

鞆の浦のウォーキングコースは歩く時間に合わせて3通り

鞆の浦のウォーキングコースは、使える時間によって3通りに組めます。約1時間から1時間半の短時間コース、約3時間から4時間の歴史散策コース、そして半日以上かけるコースです。

1時間から1時間半の短時間コースは鞆港バス停から常夜燈へ

時間がない人は、鞆港バス停で降りてそのまま常夜燈へ向かいます。常夜燈と雁木、波止を眺めたら、近くのカフェで一服しましょう。時間に余裕があれば、いろは丸展示館に立ち寄ります。短い時間でも、鞆の浦のシンボルを一度に楽しめるコースです。

3時間から4時間の歴史散策コースは資料館で予習してから歩く

初めての鞆の浦なら、このコースを選んでください。流れは次の表のとおりです。

順番立ち寄り先すること
1鞆の浦バス停、観光情報センター下車して地図を入手する
2福山市鞆の浦歴史民俗資料館(鞆城跡)鞆の浦の歴史を予習する
3桝屋清右衛門宅前を通って町並みを歩く
4福禅寺 対潮楼海と仙酔島の眺めを楽しむ
5太田家住宅商家の暮らしを見学する
6鯛料理の店昼食に鯛料理をいただく
7常夜燈、雁木、波止港の施設を一望する
8いろは丸展示館、いろは丸事件談判跡幕末の歴史にふれる
9土産物店鯛みそ、練り物、保命酒を選ぶ

このコースのよさは、歴史を知ってから港に出る順番になっている点です。資料館で潮待ちの港の仕組みを頭に入れ、対潮楼で海を眺め、太田家住宅で港町の商いを知ってから常夜燈の前に立ちます。そうすると、雁木や波止がなぜそこにあるのかが自然に理解できます。お土産を最後に回しているので、保命酒を持ったまま坂を上り下りせずに済むのもありがたいところです。

半日以上のコースは医王寺と沼名前神社、仙酔島まで

時間に余裕がある日は、歴史散策コースに医王寺と沼名前神社を加えます。医王寺の高台から町並みを見下ろし、沼名前神社で能舞台を見れば、町全体の歴史までつかめます。さらに市営渡船で仙酔島へ渡れば、一日たっぷり楽しめるでしょう。

鞆の浦の港町散策でよくある疑問、最初に行くべきは歴史民俗資料館

鞆の浦を歩く前によく出てくる疑問に、まとめて答えます。

まず「どこから歩きはじめればいいのか」という疑問です。答えは、鞆城跡にある福山市鞆の浦歴史民俗資料館です。先に資料館や展示で歴史をつかんでおくと、港の施設の意味がわかりやすくなります。時間がなくて資料館に寄れない場合は、鞆港バス停から常夜燈へ直行し、港湾施設を中心に見るのが効率的です。

次に「常夜燈は何時ごろに見るのがいいか」という疑問があります。常夜燈は海に向かって立っているので、午前と午後で光の当たり方が変わります。時間をずらして2回見ると、違いがはっきりわかって楽しいですよ。

「子ども連れでも歩けるか」という疑問には、歩けると答えます。ただし坂や階段、石畳があるので、小さな子どもや足腰に不安のある人がいる場合は、ゆとりのある計画にしてください。見どころは徒歩圏内にまとまっているので、休みながら少しずつ進めば問題ありません。

最後に「休みの日はいつか」という疑問です。常夜燈そばのカフェと衣笠は水曜、御舟宿いろはは火曜が休みです。火曜と水曜は休む店があるので、食事や休憩の場所を決めている人は、曜日を確かめてから予定を立ててください。

まとめ:鞆の浦の常夜燈を起点に、歩く時間で楽しみ方を選ぶ

鞆の浦は、潮待ちの港として栄えた歴史が町そのものに残る港町です。常夜燈を中心に、雁木、波止、焚場跡、船番所跡という江戸時代の港湾施設がそろう港は、全国でここだけです。

安政6年(1859年)に建てられた常夜燈は、江戸期の常夜燈として日本最大級の高さを持ち、湾の水面に映る姿は鞆の浦の顔になっています。そこから歩けば、対潮楼から仙酔島を望む眺め、いろは丸事件にまつわる幕末の歴史、太田家住宅に残る商家の暮らし、そして鯛料理や保命酒、鯛みその味までが、ひと続きで楽しめます。

1時間で常夜燈だけを見るか、3時間から4時間かけて資料館から港まで歩くかは、使える時間しだいです。私なら、初めての鞆の浦では3時間以上を確保して、資料館から歩きはじめます。歩きやすい靴を履いて、潮の香りのする路地をゆっくり進んでみてください。

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