東京都北区の王子駅からほど近い住宅街には、かつて貨物列車が走っていた帯状の空き地が今も残っています。旧北王子支線跡地の遊歩道は、この廃線跡を活かして北区が整備を進めているウォーキングコースで、令和7年度から段階的な開放が計画されています。舞台となるのは、大正から平成にかけて日本製紙の工場向けに紙を運び続けた貨物線「北王子線」の跡地です。フェンスに囲まれ、雑草に埋もれていたこの土地が、住民参加のワークショップを経てどんな遊歩道に生まれ変わろうとしているのか。完成後には飛鳥山公園や音無親水公園といった周辺の名所とどう組み合わせて歩けるのか。現時点で分かっている情報を整理してお伝えします。

北王子線は大正15年の専用鉄道免許から2014年7月1日の廃止まで紙を運び続けた
北王子線は、東京都北区の田端信号場駅と、同じく北区にあった北王子駅を結んでいた日本貨物鉄道(JR貨物)の貨物線です。正式には東北本線の貨物支線という位置づけで、単線の路線でした。田端信号場駅から北王子駅までの営業キロは約4.0キロメートルとされています。
この路線のルーツは古く、大正15年(1926年)8月16日に、王子製紙十條工場(現在の日本製紙王子工場)のための専用鉄道運輸の免許を受けたことに始まります。昭和2年(1927年)に開通し、当初は王子駅から下十条駅(後の北王子駅)までの区間として運行が始まりました。1927年12月20日には王子駅から下十条駅間の一部区間が開業したという記録も残っています。
1987年の国鉄分割民営化に伴い、JR貨物が第一種鉄道事業者として路線を引き継ぎました。この際、起点が田端操車場(現在の田端信号場駅)に変更されるなど、路線の位置づけにも変化がありました。長年にわたり、製紙工場向けの資材輸送を担う貨物専用線として、地域の産業を支え続けてきたのです。
しかし、日本製紙の工場移転や北王子倉庫の廃止といった事情が重なり、北王子線は平成26年(2014年)7月1日に正式に廃止されました。廃止後、北王子倉庫の跡地は大型商業施設「ザ・ガーデンズ東京王子」として生まれ変わりましたが、線路そのものは長らく撤去されずに残り、独特の廃線跡の風景をこの地域に刻み続けてきました。
廃止直前は1日3往復、コキ50000形10両編成で紙を運んでいた
廃止までの運行の様子も記録に残っています。田端信号場駅のディーゼル機関車がコンテナ車を牽引する形で、かつては1日4往復の運行がありました。2006年3月のダイヤ改正では、それまで有蓋車(ワム80000形)で行われていた輸送がコンテナ輸送へと切り替えられ、貨物輸送の効率化が図られています。廃止直前の時期には、北王子駅まで紙を運ぶ列車は午前2往復・午後1往復の計1日3往復にまで減少しており、コキ50000形貨車10両にディーゼル機関車1両を連結した11両編成で運行されていました。2014年3月14日、日本製紙が専用線での貨物取扱いを終了したことに伴い同日付で営業休止となり、同年7月1日をもって正式に廃止となりました。90年近くにわたって紙の輸送を支え続けたこの専用鉄道は、こうして役目を終えたのです。
廃線跡は王子三丁目から四丁目にかけて帯状に残り2021年頃から撤去工事が始まった
北王子線が廃止されてからしばらくの間、廃線跡は撤去されずにそのままの姿で残っていました。王子駅から歩いて5分ほどのところには、かつて列車が通過していた閉鎖済みの踏切が今も見え、フェンスに囲まれた細長い土地が緩やかなカーブを描きながら住宅街の中を延びています。雑草に覆われたレールや、貨物列車の通過時刻が刻まれた銘板が路面に埋め込まれているなど、かつての鉄道の記憶を伝える痕跡が随所に見られました。
2021年頃からは、廃線跡の線路等の撤去工事が本格的に始まったことも報じられています。かつてヤードが広がっていた北王子駅周辺には、すでにマンションなどの建物が立ち並び、街の姿は大きく変わりました。一方で、旧線路が敷かれていた帯状の土地そのものは、道路や公園としての新たな活用に向けて、北区が段階的に用地を取得し、整備を進める方針を示してきました。
こうした鉄道遺構は、通称「廃線跡」として一部の鉄道ファンやまち歩き愛好家の間で人気のスポットとなっており、現地を歩いてレポートする記事やブログも数多く公開されています。住宅密集地の中に忽然と現れる、雑草に埋もれた鉄路の風景は、都市の中に残る産業遺産としての独特の魅力を放っていました。全国には他にも貨物線の廃線跡を公園や遊歩道に転用した例がいくつかあり、鉄道の記憶を残しながら生活道路として再生させる手法自体は、珍しいものではなくなってきています。
遊歩道整備は令和5年度の3回のワークショップを経て基本設計がまとまった
北区は、北王子線の廃線跡地(王子三丁目1番から王子四丁目6番にかけての区間)を取得し、鉄道の面影を残しながら、地域住民が安心して歩ける遊歩道として整備する計画を進めています。事業名称は現時点で「(仮称)旧北王子支線跡地の遊歩道整備」とされており、正式名称は今後決定される見込みです。
この計画が具体的に動き出したのが令和5年度(2023年度)です。北区はこの年度、遊歩道整備の基本設計を進めるにあたり、どのような遊歩道にしていくかを地域住民と一緒に検討するワークショップを、全3回にわたって開催しました。
第1回のワークショップは令和5年9月5日(火曜日)18時30分から開催され、テーマは「遊歩道の整備について、アイデアを出しあおう」というものでした。参加者は机上の名簿シートに記入し、名札を着用して参加する形式で進められ、住民が気軽に意見を出し合える場づくりが意識されていたことがうかがえます。
第2回のワークショップは令和5年11月14日(火曜日)18時30分から行われ、「みんなで決めた遊歩道整備案を確認しよう、遊歩道の名称を考えよう」というテーマで、第1回で出されたアイデアをもとにした整備案の確認と、遊歩道の愛称・名称についての意見交換が行われました。そして第3回のワークショップも開催され、これら3回の対話を経て、基本設計の内容が具体化されていきました。
名称も住民参加で検討され正式名称は今後決まる
地域に根ざした遊歩道とするため、名称そのものを住民参加で検討するという姿勢は、単なる公共インフラ整備にとどまらない、地域づくりの一環としてこの事業が位置づけられていることを示しています。基本設計の段階から住民の声を反映させたこの進め方は、完成後の遊歩道への愛着にもつながっていくのではないでしょうか。正式名称がいつ発表されるかは、2026年8月時点ではまだ明らかになっていません。
遊歩道のデザインはレールとキロポストを園路沿いに残す計画になっている
ワークショップでの議論や北区が示した計画資料からは、この遊歩道が舗装された歩道にとどまらず、かつて貨物列車が走っていた鉄道の記憶を積極的に生かしたデザインを目指していることが分かります。
具体的には、遊歩道の中央帯(旧線路敷)を緩やかにカーブする園路として整備し、ベンチや植栽を配置する計画が示されています。ベンチには貨物列車をモチーフにしたデザインの採用が検討されているほか、実際に使われていたレールの一部やキロポスト(距離標)といった鉄道施設の要素を園路沿いに残す、あるいは再現することで、かつて貨物線が走っていたという土地の記憶を伝える工夫が盛り込まれています。
廃線跡という土地の履歴を尊重しながら、地域住民の憩いの場、そして安全に歩ける生活道路として再生させようとする点が、この遊歩道整備の特徴です。更地にして道路をつくるのではなく、ここに鉄道が走っていたという物語を風景の中に残す試みは、住民参加によって丁寧に練り上げられてきた事例といえます。
整備区間は王子三丁目1番から四丁目6番、令和7年度に一部区間が開放される
対象となる区間は、王子三丁目1番から王子四丁目6番にかけてのエリアです。区間の一部でおおよその延長・幅員の目安として、延長およそ200メートル程度、幅員はおよそ6.0メートル程度という数値が示されているものもありますが、事業全体は複数の区間に分かれて段階的に整備が進められる計画で、区間ごとに詳細は異なる可能性があります。
整備スケジュールについては、令和5年度(2023年度)に基本設計を実施した後、工事は複数年度にわたって段階的に進められる計画です。ここまでの経緯を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 令和5年度(2023年度) | 基本設計、住民ワークショップ全3回開催 |
| 令和7年度(2025年度) | 一部区間(3~4区間程度)の工事、部分的な供用開始が見込まれる |
| 令和9年度(2027年度)ごろ | 下水道局使用区域を含む残る区間(1~2区間程度)の工事完了を想定 |
つまり、全区間が一斉に完成するのではなく、いくつかのブロックに分けて順次工事と開放が進んでいく形が想定されています。
2026年春には現地で工事の様子が確認されている
2026年に入ってからも現地では継続的に工事が行われている様子が地域メディアによって報告されてきました。2026年4月から5月にかけては、廃線跡地で実際に工事が進められている様子が写真付きで紹介されました。計画は着実に実行段階へ移っています。工事の進捗状況や部分開放の時期については、今後も北区の公式発表を確認しながら追っていく必要があります。
王子駅はJRと地下鉄と都電の3路線が使える起点になる
旧北王子支線跡地の遊歩道を訪れる際の起点となる王子駅は、複数の交通機関が乗り入れる北区内でも有数の交通結節点です。JR京浜東北線の王子駅のほか、東京メトロ南北線の王子駅(駅番号N16、目黒駅と赤羽岩淵駅を結ぶ路線)が乗り入れており、さらに地上には都電荒川線(東京さくらトラム)の「王子駅前」電停もあります。都電荒川線の王子駅前電停は、飛鳥山電停と栄町電停の間に位置しており、JRや地下鉄からの乗り換えも容易です。
JR王子駅と都電の王子駅前電停は、ほぼ南北方向に隣接する形で位置しており、複数路線を組み合わせて周辺のウォーキングコースへアクセスできる利便性の高いエリアです。旧北王子支線跡地は、この王子駅から歩いて数分の距離にあるため、電車でのアクセスが良いのも魅力のひとつです。日中は本数も多く、思い立ったときにふらっと立ち寄りやすい立地といえます。
遊歩道整備は王子駅前再開発と連動し歩行者の回遊性を高める役割を担う
この遊歩道整備は、単独のプロジェクトというより、王子駅周辺で進む大規模なまちづくりの一環として位置づけられています。北区は令和5年3月に「王子駅周辺まちづくりガイドライン」を策定しており、王子駅前地区における再開発事業も並行して進められています。
王子駅前地区では、開発事業の概要説明会が地域住民向けに開催されるなど、駅前の姿を大きく変える再開発計画が動き出しています。北区はこうした再開発により、王子を東京の北の交流拠点として位置づけることを目指しており、街並みは大きな転換点を迎えようとしています。
旧北王子支線跡地の遊歩道は、こうした駅前再開発と連動しながら、王子駅から北王子方面への歩行者の回遊性を高める役割も期待されています。再開発によって生まれ変わる駅前の賑わいと、鉄道遺構を生かした落ち着いた遊歩道空間が組み合わさることで、王子エリア全体の魅力向上につながる見込みです。
飛鳥山公園ではD51形蒸気機関車と都電6000形を間近で見学できる
旧北王子支線跡地の遊歩道が完成すれば、王子駅周辺には見どころが密集したウォーキングコースが誕生することになります。ここでは、遊歩道とあわせて歩きたい周辺の代表的なスポットを紹介します。
まず外せないのが飛鳥山公園です。東京都北区王子1丁目1番3号に位置するこの公園は、明治6年に上野・芝・浅草・深川とともに日本で最初の公園のひとつに指定された歴史ある公園です。江戸時代中期、徳川吉宗が享保の改革の一環として整備を行い、桜の名所として江戸庶民に開放したのが始まりとされています。
園内の見どころも豊富です。公園入口から山頂までの急な斜面を結ぶ、長さ48メートルのモノレール「あすかパークレール」(愛称アスカルゴ)は、2009年から運行を開始した無料の乗り物です。飛鳥山の「アスカ」とエスカルゴの「カルゴ」を組み合わせた愛称のとおり、カタツムリのようにゆっくりと斜面を上る姿が人気を集めています。児童エリアの入口付近には、1978年まで都電荒川線を走っていた6000形車両(愛称「都電6080」、1949年製造)や、1972年まで使用されていたD51形蒸気機関車が静態保存されており、車両の中に入って見学することもできます。子供と一緒に本物の車両に触れられる場所として、家族連れの姿もよく見かけます。
渋沢栄一の邸宅跡地には3つの博物館が集まっている
さらに、2024年に新一万円札の顔となった実業家・渋沢栄一が晩年を過ごした邸宅跡地も飛鳥山公園内にあります。渋沢栄一の生涯と事績を紹介する「渋沢史料館」をはじめとした3つの博物館が集まる文化的なスポットとしても知られています。桜の名所としてだけでなく、鉄道車両の見学や歴史学習まで楽しめる、複合的な公園です。
音無親水公園と王子稲荷神社は水と歴史を楽しめる散策路になっている
王子駅からほど近い音無親水公園も見逃せません。石神井川の旧流路を活用して整備されたこの公園は、水と緑が織りなす景観が評価され、「日本の都市公園100選」にも選ばれています。せせらぎの音を聞きながら散策できる、都心とは思えないほど落ち着いた空間です。夏は水辺で涼を取る親子連れの姿も見られ、季節を問わず歩いていて飽きません。
音無親水公園から歩いてすぐの場所には王子稲荷神社があります。古くから「王子」という地名の由来にも関わる、地域の信仰を集めてきた神社で、歴史散策のスポットとしても人気があります。
名主の滝公園は区内屈指の緑と渓流が残る庭園
さらに足を延ばせば、名主の滝公園(東京都北区岸町1丁目15番25号)もおすすめです。江戸時代に名主・畑野家によって開かれたと伝わるこの庭園は、区内でも屈指の緑豊かな空間で、滝と渓流の風景が楽しめます。都会の喧騒を忘れさせてくれる場所として、地元の散策愛好家にも親しまれてきました。
北区自体も「北区ウォーキングコースガイド」を作成・配布しており、王子駅周辺を含む複数のウォーキングコースが紹介されています。街の中にありながら自然に触れられる場所や、重要文化財、歴史ある商店街など、北区ならではの魅力を味わえるコース構成になっているのが特徴です。旧北王子支線跡地の遊歩道が加わることで、こうした既存のウォーキングコースの選択肢がさらに広がり、鉄道遺構という新たな切り口の散策ルートが北区の魅力に加わることになります。
モデルコースは飛鳥山公園から音無親水公園、王子稲荷神社をめぐる周遊ルート
現時点ではまだ全区間が完成しているわけではありませんが、既存の見どころと組み合わせた散策の一例を考えてみます。JR王子駅を出発し、まずは飛鳥山公園でひと息つきながら桜並木や展望を楽しみ、そこから音無親水公園へ移動して水辺の遊歩道をのんびり歩きます。続いて王子稲荷神社に立ち寄って参拝し、時間と体力に余裕があれば名主の滝公園まで足を延ばして緑豊かな滝の風景を楽しむ、というコースが考えられます。歩く距離を欲張らず、途中でカフェや商店街に寄り道するくらいの余裕を持たせたほうが、結局は楽しく回れます。
旧北王子支線跡地の遊歩道が部分開放、あるいは全面開通した際には、このコースに廃線跡ならではの鉄道モチーフの遊歩道歩きを組み込むことで、水と緑、歴史、鉄道遺構という異なる魅力を一度に味わえる周遊ルートが完成することになります。
廃線跡ウォーキングの魅力は緩やかなカーブと住宅街を縫うルート形状にある
全国的に見ても、廃線跡を遊歩道として整備する取り組みは各地で行われています。鉄道が走っていた土地ならではの緩やかなカーブや、住宅街を静かに縫うように延びるルート形状は、通常の道路にはない歩く楽しさを生み出します。北王子線の廃線跡も、住宅密集地の中を通り抜けるように延びており、完成後は生活道路としてだけでなく、鉄道ファンやまち歩き愛好家にとっても新たな目的地となる可能性を秘めています。
廃止から10年以上が経過した現在も、鉄道好きの間では北王子線廃線跡を訪ね歩くレポート記事やブログが数多く公開されており、フェンス越しに眠るレールや、路面に埋め込まれた銘板といった細部までが丹念に記録されてきました。今後、遊歩道として正式に整備されることで、こうした鉄道遺構としての価値を保存しつつ、より多くの人が安全に、気軽に訪れられる場所へと変わっていくことが期待されます。廃線跡そのものを目的地にする歩き方ができるコースは、都内でもそう多くはありません。
工事の進捗と開放時期は北区の公式発表で随時確認する必要がある
旧北王子支線跡地の遊歩道整備は、令和5年度の基本設計とワークショップを経て、現在は工事段階に入りつつある進行中のプロジェクトです。区間ごとの部分開放時期や、遊歩道の正式名称、完成後の詳しい姿については、今後、北区の公式発表によって順次明らかになっていく見込みです。散策やウォーキングの計画を立てる際には、最新の工事状況や開放区間について、北区の公式ウェブサイトや地域メディアの情報を随時確認することをおすすめします。
旧北王子支線跡地は、大正時代から昭和・平成にかけて王子製紙(現・日本製紙)の工場を支えてきた貨物鉄道、北王子線の廃線跡です。2014年の廃止後、長らく雑草に覆われたフェンス沿いの土地として残されてきましたが、現在は東京都北区によって、貨物線の記憶を生かした遊歩道として生まれ変わろうとしています。令和5年度に行われた3回のワークショップを通じて地域住民の声を反映した基本設計がまとめられ、令和7年度から段階的に工事が進められる計画です。完成すれば、飛鳥山公園や音無親水公園、王子稲荷神社、名主の滝公園といった周辺の名所とあわせて楽しめる、北区ならではのウォーキングコースの新たな目玉となりそうです。王子駅前の再開発とも連動しながら進むこのプロジェクトの今後の展開を、引き続き見守っていきたいところです。








