門前仲町から富岡八幡宮まで、深川で江戸情緒を歩くウォーキングコース

当ページのリンクには広告が含まれています。

門前仲町駅から富岡八幡宮へと歩く深川のウォーキングコースは、江戸の参道と水辺の景観を一度に楽しめる散策路です。起点の門前仲町駅から富岡八幡宮までは徒歩数分の距離にあり、隣接する成田山深川不動堂とあわせて巡るだけでも、90分ほどの江戸情緒散策が完成します。さらに清澄庭園や深川江戸資料館まで足を延ばせば、庭園文化と町人文化の両方に触れられる半日がかりのコースに育ちます。

寛永4年(1627年)の富岡八幡宮創建をきっかけに門前町として栄えたこの一帯には、老舗の料理店や水路沿いの遊歩道、江戸の暮らしを再現した資料館まで、徒歩圏内に見どころが密集しています。この記事では、門前仲町を起点とした深川エリアのウォーキングコースについて、歴史的な背景から具体的なモデルルート、グルメ情報、アクセス方法までをまとめました。実際に歩くときの時間配分や立ち寄り先を決める材料にしてください。

目次

深川はもともと隅田川河口の漁師町、寛永4年の八幡宮創建が転機になった

門前仲町・深川のあたりは、江戸時代初期にはまだ埋め立ての進んでいない砂州のような土地で、隅田川河口の漁師町でした。この地に転機が訪れたのは寛永4年(1627年)のことです。長盛法師という僧侶が神託を受け、当地を干拓して永代島に八幡宮を建立しました。これが富岡八幡宮の創建であり、以降このあたりは富岡八幡宮の門前町として急速に発展していきます。

門前町として栄えた深川では、富岡八幡宮の祭礼である深川八幡祭りをはじめ、勧進相撲や縁日といった庶民の娯楽が花開きました。参道沿いには料理屋や茶屋が軒を連ね、辰巳芸者と呼ばれる粋な芸者衆が行き交う土地としても知られていきます。現在も門前仲町の街を歩くと、下町らしい酒場や老舗の飲食店、細い路地や水路の名残があちこちに見られ、江戸の町人文化の空気を色濃く感じ取ることができます。

このエリアの魅力は、古い建物が残っていることだけではありません。富岡八幡宮を中心とした信仰と娯楽、そして水運によって栄えた庶民の暮らしのリズムが、今も街の骨格として息づいている点にあります。歩くことそのものが、江戸の町の成り立ちをたどる時間になるわけです。

富岡八幡宮は江戸随一の八幡様、勝運・厄除けのご利益で知られる

富岡八幡宮は寛永4年(1627年)創建とされ、八幡大神を篤く尊崇した徳川将軍家の保護を受けて発展した神社です。将軍家の庇護のもとで格式を高める一方、庶民からも深川の八幡様として広く親しまれ、江戸随一の八幡様として信仰を集めてきました。現在も勝運・厄除けにご利益がある神社として、多くの参拝客が訪れています。

伊能忠敬は測量の旅に出る前、必ずこの境内で道中安全を祈願していた

境内の見どころのひとつが、参道近くに建つ伊能忠敬の銅像です。日本全国を測量し、精密な日本地図を作り上げたことで知られる伊能忠敬は、当時深川界隈に居住していました。測量の旅に出発する際には必ず富岡八幡宮に参拝し、道中の安全を祈願していたと伝えられています。この縁から、平成13年(2001年)に境内へ銅像が建立されました。測量家としての一歩を踏み出す前に手を合わせた場所に立つと、当時の旅立ちの緊張感が伝わってくるようです。

江戸勧進相撲は貞享元年、この境内で寺社奉行の許しを得て始まった

富岡八幡宮は、江戸の勧進相撲発祥の地としても知られています。貞享元年(1684年)、寺社奉行の許しを得て境内で勧進相撲が行われたのが江戸勧進相撲の始まりとされ、以後、春と秋の年2場所、境内で相撲興行が行われるようになりました。この歴史を伝えるように、境内には大関力士碑や横綱力士碑をはじめとする相撲ゆかりの石碑が並び、新横綱が誕生した際には、こちらで土俵入りが奉納される慣わしが今も続いています。相撲ファンにとっては聖地といえる一角で、力士の名を刻んだ碑の数々を眺めながら歩くだけでも、江戸から続く相撲文化の重みを感じられます。

深川八幡祭りは江戸三大祭りのひとつ、水かけ祭りの異名を持つ

富岡八幡宮の例大祭は深川八幡祭りと呼ばれ、神田祭・山王祭と並んで江戸三大祭りのひとつに数えられています。担ぎ手に沿道から勢いよく水がかけられながら神輿が練り歩く様子から水かけ祭りの異名でも知られ、江戸っ子の熱気をそのまま現代に伝える夏の風物詩です。祭礼期間以外に訪れても、境内に掲げられた由緒書きや神輿庫などから、その熱気の一端をうかがい知ることができます。

御朱印の初穂料は500円、受付時間は9時から17時

富岡八幡宮は、商売繁盛、交通安全、子宝・安産、良縁成就、勝負運など幅広いご利益で知られる神社です。境内に祀られる弁財天は芸能上達・金運アップのご利益があるとされ、江戸時代に富くじの興行地として知られたことから、金運アップのご利益を求めて参拝する人も多くいます。また、富岡八幡宮は明治天皇の御定めによる東京十社のひとつにも数えられ、格式の高い神社として知られています。

参拝の記念として人気なのが御朱印です。拝殿向かって右側の受付で直書きの御朱印を頂くことができ、初穂料は500円、受け付け時間は9時から17時までとなっています。参拝時間を考える際は、この御朱印受付時間もあわせて確認しておくとよいでしょう。

骨董市は月に複数回の日曜9時から17時、縁日は毎月1日・15日・28日

富岡八幡宮では、月に複数回の日曜日に骨董市が開催されており、開催時間は9時から17時(雨天中止)です。露店にはアンティークの器や古い道具、掛け軸などが所狭しと並び、掘り出し物を探す常連客で賑わいます。

また、毎月1日・15日・28日は縁日にあたり、日々の神様への感謝と氏子崇敬者の繁栄を祈る月次祭とあわせて開催されます。この日には商店街や境内、さらに隣接する深川不動堂にも屋台が並び、お祭りのような賑やかな雰囲気を味わえます。深川不動堂の御縁日も毎月1日・15日・28日と重なっているため、この日程を選んでウォーキングコースを計画すれば、両方の賑わいを一度に楽しめます。

富岡八幡宮の大鳥居をくぐると、そこから続く参道の空気が一変します。露店が並ぶ縁日の賑わいこそ常時見られるわけではありませんが、静かな日でも石畳と木々の緑、境内社の朱色が織りなす風景は、都心とは思えないほど落ち着いた時間を演出してくれます。

八幡橋は明治11年に楓川へ架けられ、昭和4年に深川へ移設された鉄橋

富岡八幡宮の東側近く、富岡二丁目の八幡堀遊歩道には、国の重要文化財に指定されている八幡橋(旧弾正橋)がひっそりと架かっています。この橋はもともと弾正橋という名前で、明治11年(1878年)に中央区宝町の楓川に架けられた道路橋でした。アメリカ人技師スクワイヤー・ウイップルが発明した形式をもとに、工部省赤羽分局によって製作された、鉄を主材料とする日本最古の鉄橋とされています。

昭和4年(1929年)、老朽化により弾正橋としての役目を終えた際、東京市最古の鉄橋を記念として保存するため、旧深川区の油堀川支川である八幡堀に移設され、八幡橋と改称されました。長さ15.2メートルの単径間アーチ橋で、アーチ部分には鋳鉄、その他の部分には錬鉄が使われています。ウォーキングコースの途中でこの小さな橋に立ち寄れば、日本の近代土木技術の黎明期に思いを馳せる時間になります。

門前仲町・深川エリアを語るうえで欠かせないのが、隅田川沿いに整備された隅田川テラスの存在です。隅田川の堤防を補強する護岸基礎を活用し、親水施設として開放したもので、江東区側では新大橋付近から越中島公園にかけて、水辺の景色を眺めながらランニングや散策を楽しめる遊歩道が続いています。永代橋をはじめとする歴史ある橋を間近に眺めながら歩けるのも魅力で、江戸時代から水運によって栄えてきたこの街の成り立ちを、川面を眺めながら実感できるスポットです。

門前仲町という地名は、永代寺の門前町だったことに由来する

門前仲町という地名そのものにも、江戸時代からの歴史が刻まれています。この地名は、富岡八幡宮の別当寺(神社を管理する寺院)であった永代寺の門前町として、17世紀半ばから町屋が形成されたことに由来します。永代寺は明治の神仏分離によって廃寺となりましたが、その名は地名や周辺の地名として今も残されています。

辰巳芸者は、深川が江戸城から見て南東の方角にあったことに由来する

もうひとつ、このエリアを語るうえで欠かせないのが辰巳芸者(巽芸者)の存在です。深川が江戸城から見て巽(辰巳、南東)の方角にあることから、深川で活動する芸者たちは江戸時代からそう呼ばれるようになりました。門前仲町の花街は永代通りを挟んだ一帯、永代通りと大横川に挟まれた裏通りに広がっており、羽織を粋に着こなす姿から羽織芸者とも呼ばれた辰巳芸者たちが、江戸随一の粋な花街として名を馳せていました。

現在、当時の花街の面影をそのまま残す建物は少なくなったものの、細い路地や裏通りの雰囲気、老舗の料理屋の佇まいには、その名残がかすかに感じられます。ウォーキングの途中でこうした裏通りに足を踏み入れてみると、参道の賑わいとはまた違った、粋な下町情緒を味わえるはずです。

成田山深川不動堂は元禄16年の出開帳を起源とし、明治14年に正式遷座した

富岡八幡宮のすぐそばに位置する成田山深川不動堂もまた、門前仲町を代表する参拝スポットです。千葉県成田市の成田山新勝寺の東京別院にあたり、江戸時代から庶民の不動信仰を集めてきた歴史を持ちます。

深川不動堂の起源は元禄16年にさかのぼるとされ、成田山新勝寺の御本尊を江戸へ奉持し、特別に拝観できるようにしたことに始まります。この出開帳が江戸で大きな人気を集めた背景には、歌舞伎役者の初代・市川團十郎が成田山の不動明王を演じて評判を呼び、江戸っ子の間で成田山信仰が爆発的に広がったという経緯があります。江戸にいながら成田のお不動様を拝みたいという庶民の願いに応える形で、御本尊が江戸まで運ばれる出開帳が繰り返し行われるようになりました。

出開帳は幕末の1856年(安政3年)までに合計12回を数え、その多くは深川にあった永代寺を会場として開催されたと伝わります。たびたびの出開帳を経て、1881年(明治14年)に御分霊が正式に深川へ遷座され、現在の深川不動堂の礎が築かれました。江戸庶民の熱狂的な信仰心が、ひとつのお堂を生み出した歴史として、参拝の際に知っておきたいエピソードです。

深川不動堂のご本尊は不動明王で、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が敬刻開眼した不動明王のご分身・ご分霊とされます。諸願成就・厄難消除・交通安全・家内安全・商売繁盛など、暮らしにまつわる幅広いご利益があるとされ、古くから深川のお不動さまとして庶民に親しまれてきました。

御護摩祈祷は1日5回、縁日には19時にも特別厳修される

深川不動堂の大きな特徴が、毎日欠かさず行われる御護摩祈祷です。護摩は古代インドの儀礼を起源とする真言密教の秘法で、ご本尊不動明王のご宝前に設けられた護摩壇に供物と、参拝者の煩悩を象徴する護摩木をくべて焚き上げます。燃えさかる火炎は不動明王の智慧そのものとされ、煩悩を清らかな願いへと高め、成就させる力を持つと伝えられています。通常の御護摩修行は9時、11時、13時、15時、17時の1日5回執り行われ、毎月1日・15日・28日の御縁日には19時にも特別に厳修されます。護摩木が焚かれ、読経と太鼓の音が本堂に響き渡る様子は、事前知識がなくても圧倒される迫力があり、参拝時間を合わせて訪れる価値が十分にあります。ご祈祷を申し込むと、護摩の火にかざして力が込められた護摩札を授かることができます。

本堂にお参りするだけでなく、梵字があしらわれた特徴的な外観の内仏殿も見どころのひとつです。内部では1階・2階にさまざまな仏像が安置されているほか、4階には日本最大級とされる天井画「大日如来蓮池図」が描かれており、見上げると圧巻の迫力に包まれます。単なる参拝にとどまらず、仏教美術としても見応えのある空間になっています。

深川不動堂を訪れて誰もが驚くのが、新本堂の壁一面を覆う梵字の存在です。壁面には経文がびっしりと梵字で刻まれており、遠目には幾何学模様のようにも見えるこの外観は、他の寺院にはあまり見られない深川不動堂ならではの特徴となっています。参拝前にこの壁を見上げるだけで、非日常的な雰囲気に包まれます。

御朱印は境内右手の御朱印所(新本堂内に受付が設けられる場合もあります)で頂くことができます。不動明王の御朱印のほか、関東三十六不動霊場の御朱印、月替わりの特別朱印なども用意されており、初穂料はそれぞれ500円、500円、700円程度が目安です。お守り授与所も充実しており、身代わり守りやクリスタルをあしらったお守りなど、種類豊富な授与品が参拝客から人気を集めています。

なお、門前仲町駅からのアクセスは、1番出口を出て徒歩約2分という近さで、ウォーキングコースの出発直後に立ち寄れる好立地にあります。境内には、成田山新勝寺の境内に鎮座する開運出世稲荷の分霊を勧請してお祀りする稲荷社もあります。開運や出世にご利益があるとされ、仕事運を高めたい参拝客からの人気も高いスポットです。富岡八幡宮とあわせて参拝することで、勝運・厄除け・開運・出世と、複数のご利益を一度に授かれるルートとしても知られています。なお、通常の参拝時間は8時から18時とされているため、御護摩祈祷の時間や参拝可能時間を踏まえてウォーキングコースの時間配分を考えると、より充実した参拝体験になります。

コース1は約1.5キロ90分、コース2は清澄白河から約6キロ1時間25分

深川エリアのウォーキングコースは、目的や体力に応じていくつかのバリエーションが考えられます。ここでは代表的な2つのモデルコースを紹介します。

門前仲町駅を出発し、深川ゑんま堂、成田山深川不動堂、富岡八幡宮、境内の伊能忠敬像・大関力士碑・横綱力士碑、大鳥居を巡って、深川仲町通り商店街でゴールするルートは、距離約1.5キロメートル、所要時間はおよそ90分が目安です。参拝と境内散策を中心に、寄り道も含めてゆったり歩きたい人に向いています。深川東京モダン館や辰巳新道といった昭和レトロな雰囲気の残るスポットを組み込むこともでき、下町情緒をより深く味わえます。

清澄白河駅からスタートし、清澄庭園、深川江戸資料館、永代橋方面を経由して、深川不動堂、富岡八幡宮へと至るルートは、江戸の庭園文化と町人文化の両方を一度に体験できる充実したコースです。道中にブルーボトルコーヒーの日本一号店をはじめとするおしゃれなカフェやベーカリーが点在しているのも清澄白河エリアらしい特徴で、歴史散策とカフェ巡りを組み合わせやすくなっています。

さらに足を延ばす場合は、深川ゑんま堂、深川不動堂、富岡八幡宮を経て木場親水公園、木場公園、古石場川親水公園を通り、越中島駅まで歩く全長約6.0キロメートル、所要時間約1時間25分、歩数にしておよそ8000歩というロングコースも組み立てられます。水路沿いの親水公園を多く経由するため、都会の中で水辺の景観を楽しみながら歩きたい人に適したコースです。

コース主な経由地距離・所要時間の目安
コース1門前仲町駅・深川不動堂・富岡八幡宮・深川仲町通り商店街約1.5キロメートル、約90分
コース2(標準)清澄白河駅・清澄庭園・深川江戸資料館・深川不動堂・富岡八幡宮半日程度
コース2(ロング)富岡八幡宮・木場親水公園・木場公園・古石場川親水公園・越中島駅約6.0キロメートル、約1時間25分、約8000歩

体力や滞在時間に応じて、短時間の参拝中心コースから、水辺・庭園・資料館まで盛り込んだ半日がかりのロングコースまで柔軟に組み立てられるのが、このエリアの強みです。段差の少ない平坦な道が多いため、家族連れや高齢者でも歩きやすいコースといえます。

深川江戸資料館は天保期の町並みを実物大で再現、観覧料は大人400円

ウォーキングコースに組み込みたい代表的なスポットが、深川江戸資料館です。ここでは江戸時代後期、天保年間の深川佐賀町の町並みが実物大で再現されており、情景再現・生活再現という展示手法によって、当時の人情と暮らしぶりがリアルに描き出されています。

館内には火の見やぐらがそびえ、八百屋や舂米屋、船宿、猪牙舟が浮かぶ堀割、長屋などが軒を連ねています。表通りには大店と白壁の土蔵が並び、一歩路地に入ると庶民の長屋が広がるという構成で、時代や場所だけでなく、そこに暮らす人々の家族構成や職業、年齢までも細かく設定されている点が特徴です。各家には生活道具が配置され、実際に上がり込んで道具に触れることもできるほか、音響効果と照明効果によって、江戸の人々の1日の暮らしを15分間(30分おきに上映)で再現する演出も見どころです。

観覧料金は大人400円(団体300円)、小・中学生及び高校生等50円(団体30円)と、手頃な価格設定になっています。障害者手帳を提示した場合と介護者1名は割引が適用されます。ウォーキングの途中、江戸の暮らしを肌で感じる休憩スポットとして立ち寄るのに適した施設です。

清澄庭園は岩崎弥太郎が明治11年に購入し、震災時は避難場所として住民を救った

清澄白河エリアを歩くなら、外せないのが清澄庭園です。江戸時代後期の享保年間には下総国関宿城主・久世大和守の下屋敷があった土地ですが、その後荒廃していたところを、明治11年(1878年)に三菱の創始者・岩崎弥太郎が購入し、本格的な庭園として整備しました。明治13年(1880年)に深川親睦園として完成したのが、現在の清澄庭園の原型です。

関東大震災の際には大きな被害を受けましたが、岩崎家は庭園を地域住民の避難場所として開放し、多くの命を救ったと伝えられています。震災後、被害の少なかった東側部分が東京市に公園用地として寄付され、1932年に整備・公開されました。1979年には東京都の名勝に指定されています。

庭園は泉水・築山・枯山水を主体とする回遊式林泉庭園に分類され、野鳥が遊ぶ大泉水の周囲には全国から取り寄せた名石や築山が配されています。特に有名なのが池の周囲3か所にある磯渡りで、池の端に石を点々と配置し、水面のすぐ近くを歩いて渡れるようになっています。伊豆磯石、伊豆式根島石、佐渡赤玉石、紀州青石など、岩崎弥太郎が日本各地から集めた名石が随所に配されており、銘石の庭と呼ばれるにふさわしい景観をつくり出しています。

清澄庭園へは清澄白河駅A3出口から徒歩約3分とアクセスもよく、ウォーキングコースの前半か後半に組み込みやすい立地にあります。

仙台堀川公園は延長3.7キロ、都内最大級の親水公園

深川エリアを歩く際、忘れてはならないのが水辺の公園群です。木場公園は東京メトロ半蔵門線・都営大江戸線の清澄白河駅から徒歩10分ほど、都営新宿線菊川駅や東京メトロ東西線・都営大江戸線の門前仲町駅からも徒歩約15分の距離に位置し、東京都現代美術館と大きな橋がシンボルの、深川住人にとっての憩いの場となっています。園内を東へ進むと水路を生かした細長い公園が続き、周囲をビルやマンションに囲まれた都会の中で、水と緑のオアシスのような空間が広がっています。

さらに東側には、北砂6丁目から東陽6丁目まで続く仙台堀川公園があります。延長3.7キロメートル、面積10.4ヘクタールという都内最大級の親水公園で、区民の森をテーマに整備され、ふれあいの森・果実の森・科学の森・親子の森など特色ある7つの森と桜並木が続きます。春の桜や新緑、秋の紅葉など四季折々の自然が楽しめるほか、松尾芭蕉の俳句が並ぶ散歩道になっている区間もあり、俳句好きの散策者にとっても味わい深いスポットです。

これらの公園を経由することで、寺社仏閣中心の参拝コースに、水と緑を楽しむ時間を加えられます。ウォーキングコース全体に緩急をつけたいときに、組み込みたいエリアです。

深川めしは漁師町時代のあさり汁ぶっかけご飯がルーツ、日本の五大銘飯のひとつ

歩き疲れた後の楽しみとして欠かせないのが、深川エリア発祥の郷土料理、深川めしです。あさりを使った炊き込みご飯、あるいはあさりの剥き身とねぎを味噌仕立ての汁でご飯にぶっかけて食べるスタイルが代表的で、江戸時代から漁師町として栄えた深川ならではの料理として知られ、日本の五大銘飯のひとつにも数えられています。

深川めしのルーツは、漁師町だった時代の深川にあります。江戸時代、現在の江東区永代・佐賀あたりの沖合は深川浦と呼ばれ、潮が引くと砂州が露出する漁場として幕府から漁業を許されていたのが深川の漁師たちでした。彼らは獲れたてのあさりを味噌で煮込んだあさり汁を、熱々のご飯に豪快にかけて食べていたといいます。忙しい漁の合間でも手早く栄養が取れ、体も温まるこの食べ方は、いわば江戸時代の手早い食事でした。時代が下るにつれて深川めしは東京を代表する名物料理として知られるようになり、料理屋では出汁や醤油であさりを炊き込んだ、より上品な一品としても提供されるようになりました。門前仲町の門前町沿いを歩くと、深川めしや深川鍋の看板を掲げる飲食店を数多く見かけますが、それはこうした歴史の積み重ねの上に成り立っている光景です。

富岡八幡店ではぶっかけと炊き込みの2種類が用意されている

門前仲町エリアでは深川宿富岡八幡店が代表的な名店として知られています。富岡八幡宮の大鳥居をくぐってすぐの立地にあり、深川めし初挑戦の人向けにぶっかけと炊き込みの2種類が用意されています。地元の漁師から学んだという味付けは、江戸の漁師めしの伝統を今に伝えるものです。門前仲町駅からのアクセスもよく、ランチや接待にも利用しやすい店です。

また門前茶屋では、日本料理の伝統技法である炊き合わせを駆使して蒸籠で蒸し上げる深川あさり蒸籠めしが名物になっています。ここでしか味わえない一品として親しまれており、深川めしの奥深さを再発見させてくれます。

清澄白河方面まで足を延ばすなら、清澄白河駅から徒歩2分、深川江戸資料館の通り沿いにある深川釜匠も候補になります。こだわりの出汁で炊き込んだあさりの深川めしや深川丼が提供されており、資料館見学とあわせて立ち寄りやすい立地です。

ウォーキングコースの最後、あるいは中間地点に深川めしの名店を組み込むことで、散策だけでなく、食を通じた江戸情緒の体験になります。

門前仲町駅と清澄白河駅の2駅を使い分けるとコース設計の自由度が上がる

門前仲町駅は東京メトロ東西線と都営大江戸線が乗り入れており、都心からのアクセスは良好です。大手町方面や新宿方面からも乗り換えなしで到達できる立地は、ウォーキングコースの起点として大きな利点になります。

清澄白河駅は東京メトロ半蔵門線と都営大江戸線が利用でき、門前仲町駅からは徒歩でも15分前後で移動できる距離にあります。両駅を起点・終点として使い分けることで、コースの組み立てに柔軟性が生まれます。越中島駅(JR京葉線)をゴールに設定するロングコースの場合は、帰路の交通手段としてJR線を利用できる点も覚えておくと便利です。

いずれのコースも、平坦な道が中心で大きな坂道がほとんどないため、普段からあまり歩き慣れていない人や、家族連れ、高齢者でも安心して楽しめるウォーキングコースです。

門前仲町・富岡八幡宮を中心とした深川エリアのウォーキングコースは、江戸時代から続く信仰の地としての富岡八幡宮、厳かな祈りの空間である成田山深川不動堂、江戸の暮らしをそのまま再現した深川江戸資料館、そして岩崎弥太郎が遺した名庭・清澄庭園まで、コンパクトなエリアの中に見どころが凝縮されています。短時間で参拝中心に巡るコースから、水辺の公園や庭園、資料館まで盛り込んだ半日がかりのロングコースまで、目的や体力に応じて柔軟にルートを組み立てられるのも大きな魅力です。歩き疲れた後には深川めしの名店に立ち寄り、江戸の漁師めしの味を楽しめます。そんな一日を通じて、都心にいながら江戸時代の町人文化に触れた感覚を味わえます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次