中山道の上州七宿とは、江戸時代の五街道の一つである中山道のうち、現在の群馬県(旧上野国=上州)に置かれた七つの宿場町の総称です。江戸日本橋から数えて11番目の新町宿から17番目の坂本宿までの七宿を結ぶ約47キロメートルのルートは、現在ウォーキングコースとして整備され、歴史散策の人気スポットとなっています。本記事の執筆基準日は2026年6月27日です。
この上州七宿の中でも、安中宿と坂本宿は江戸時代の宿場町の面影を今に伝える代表的な宿場として知られています。安中宿は北に九十九川、南に碓氷川という二つの川に挟まれた要害の地に形成された宿場であり、坂本宿は中山道有数の難所である碓氷峠の東口として繁栄しました。本記事では、群馬県内に残る中山道上州七宿の魅力と、ウォーキングコースとしての楽しみ方を、歴史的背景・各宿場の特徴・モデルコース・アクセス情報まで余すところなく解説します。歩いて巡る街道文化の旅に出かけたい方にとって、計画づくりの参考となる内容をまとめました。

中山道の上州七宿とは何か
中山道の上州七宿とは、中山道69の宿場のうち、現在の群馬県内に置かれた七つの宿場町を指します。具体的には、新町宿、倉賀野宿、高崎宿、板鼻宿、安中宿、松井田宿、坂本宿の七宿で、江戸日本橋から数えて11番目から17番目に相当します。
これら七宿を結ぶルートの総距離は約47キロメートルで、一般的には3日間に分けて歩く構成となっています。群馬県の高崎行政県税事務所が「中山道上州七宿めぐり散策図」と題したA5判16ページのガイドマップを作成・配布しており、初めて歩く方でも安心してコースを楽しめる環境が整っています。
中山道そのものの位置づけ
中山道は、江戸時代に整備された五街道の一つで、江戸と京都を内陸経由で結ぶ幹線道路でした。五街道とは、東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中の五つを指し、中でも中山道は海沿いを走る東海道と並ぶ重要な街道として機能していました。
中山道の特徴は、海沿いではなく内陸の山地を通るルートをとっている点にあります。江戸日本橋を起点として、現在の埼玉、群馬、長野、岐阜、滋賀の各府県を経由し、京都の三条大橋に至る全長約530キロメートルの道のりでした。
姫街道としての中山道
中山道は別名「姫街道」とも呼ばれ、徳川将軍家や大名家から嫁入りする姫君が選ぶことの多いルートでした。海辺を通らないため海難事故や風雨の危険が少なく、東海道よりも安全で安定した街道として評価されていたためです。皇族のお輿入れにも利用された実績があり、安全性と風光明媚さを兼ね備えた街道として庶民の旅にも広く親しまれていました。
上州七宿の各宿場を順に紹介
上州七宿は江戸側から順に、新町宿、倉賀野宿、高崎宿、板鼻宿、安中宿、松井田宿、坂本宿と並んでいます。それぞれの宿場には独自の歴史と見どころが残されており、歩き比べることで街道文化の多様性を感じ取ることができます。
新町宿は上州への入口
新町宿は上州七宿の最も東(江戸側)に位置する宿場です。現在の群馬県高崎市新町に相当し、JR高崎線の新町駅が最寄りの交通拠点となっています。
七宿の中で最も新しく成立した宿場で、江戸時代前期の承応年間(1652年から1654年)に設けられました。烏川を越えた先に広がるこの宿場は、武蔵国(現在の埼玉県)との境界に近く、旅人が上州に踏み入る最初の宿場として機能していました。本陣、脇本陣、旅籠が整備され、旅人や参勤交代の大名行列を迎え入れた歴史を持っています。
倉賀野宿は交通の分岐点
倉賀野宿は中山道の12番目の宿場で、現在の群馬県高崎市倉賀野町にあたります。日光例幣使街道が分岐する交通上の重要拠点であり、多くの旅人が行き交う活況を呈しました。
日光例幣使街道とは、江戸幕府が毎年日光東照宮に幣帛を奉納するために遣わした使者「例幣使」が通った道です。倉賀野には烏川を利用した舟運の河岸もあり、農産物や物資を江戸へ輸送する物流の拠点としても機能していました。現在の主な見どころとして、倉賀野古商家おもてなし館、閻魔堂前の常夜灯、倉賀野河岸跡、倉賀野の松並木などが残されています。
高崎宿は上州七宿の中心
高崎宿は上州七宿の中で最大規模を誇る宿場で、現在の群馬県高崎市の中心市街地に位置します。江戸から数えて13番目の宿場です。
高崎宿の特徴は、徳川家康の重臣である井伊直政が関ヶ原の戦いの後に高崎城を築き、城下町として整備したことに始まります。城下町としての計画的な町割りが宿場と一体化し、上州七宿の中で最も賑わう宿場となりました。現在の高崎駅周辺は信越本線、上越線、両毛線が交差する交通の要衝で、江戸時代から続く要衝としての性格を引き継いでいます。
高崎宿の見どころとしては、旧山源漆器店(山田家)、旅籠「豊田屋」の建物、全長171.5メートルの前方後円墳である浅間山古墳、長松寺などが挙げられます。長松寺には、狩野派の絵師である狩野探雲が描いた龍と天女の絵や涅槃図の掛け軸が伝わり、高崎城から移築された客間も残っています。
板鼻宿は旅籠数が上州一
板鼻宿は中山道14番目の宿場で、現在の群馬県安中市板鼻にあたります。高崎宿と安中宿の間に位置し、碓氷川の流域に沿って発達した宿場町です。
板鼻宿は上州七宿の中で最大の旅籠数を誇り、最盛期には旅籠が54軒も立ち並んでいました。宿場の規模の大きさは、当時の板鼻宿の繁栄を物語っています。現在もウォーキングガイドツアーが実施されており、地元のボランティアガイドが宿場の歴史や見どころを丁寧に案内してくれます。板鼻宿と安中宿の間の距離は一里にも満たない約3.3キロメートルで、その間に碓氷川を2度渡る道のりとなっています。
安中宿の魅力と見どころを徹底解説
安中宿は中山道15番目の宿場で、現在の群馬県安中市安中に位置します。北に九十九川、南に碓氷川という二つの川に挟まれた自然の要害の地に形成された宿場として知られています。
安中宿の歴史的背景
安中の地は戦国時代まで「野後(のじり)」という地名で、古代の東山道も通過していました。中山道の宿場としての初見は慶長7年(1602年)とされ、元和元年(1615年)には正式な宿場として成立したと考えられています。
安中宿は本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠17軒という比較的小さな規模の宿場でした。規模が小さかったため、道中奉行の裁量によって助郷が免除されるという特例を受けていました。助郷とは、宿場の人馬が不足した際に周辺の農村から人や馬を徴発する制度のことです。
安中宿の主な見どころ
安中宿には歴史を感じさせるスポットが数多く点在しています。それぞれを文章で紹介します。
正龍寺は、上野国第25番札所として知られる寺院で、千手観音を本尊としています。境内は静かな雰囲気に包まれており、旅の途中に立ち寄るのに最適なスポットです。
安中宿本陣跡は現在郵便局の入口付近に石碑が立つのみとなっていますが、かつては宿場の中心的施設として機能していました。
便覧舎跡は、実業家の湯浅治郎が明治5年(1872年)に開設した日本最初の私設図書館「便覧舎」があった場所です。明治初期の文化的先進地としての安中の一面を伝える貴重な史跡となっています。
原市の杉並木は、江戸初期に植えられた杉並木で、現在も約70本の杉が残っています。街道沿いに続く杉並木は、往時の中山道の雰囲気を色濃く残す貴重な景観として親しまれています。
安中市旧中山道ウォーキングコース
安中市では旧中山道に沿ったウォーキングコースを整備し、観光推進を行っています。安中市役所の観光課ではウォーキングに役立つ情報やマップを提供しており、初めての方でも安心してコースを歩くことができます。
松井田宿は妙義山を望む宿場
松井田宿は中山道16番目の宿場で、現在の群馬県安中市松井田町松井田に位置します。安中宿と坂本宿の間にあり、次第に山がちな地形となる区間に設けられた宿場です。
松井田宿は本陣、脇本陣、旅籠を備え、碓氷峠を控えた宿場として旅人の休息地となりました。宿場の周辺には妙義山の奇峰が連なり、独特の景観を形成しています。妙義山は榛名山、赤城山とともに上毛三山の一つに数えられる名峰で、奇岩・奇峰が連なるその景観は全国的に有名です。松井田宿周辺のウォーキングでは、妙義山の壮大な山容を望みながら歩くことができ、視覚的な楽しみも豊富です。
坂本宿の魅力と碓氷峠の入口としての歴史
坂本宿は上州七宿の西端(京都側)に位置する宿場で、中山道17番目の宿場です。現在の群馬県安中市松井田町坂本にあたり、中山道有数の難所として知られる碓氷峠の東口として機能していました。
坂本宿の歴史的背景
坂本宿が成立したのは寛永2年(1625年)で、幕府の命により近隣の高崎藩領と安中藩領から住民を移住させ、新たに町割りが行われました。これは江戸幕府が中山道の整備強化を図る一環として行ったものです。
碓氷峠は中山道有数の難所として知られており、峠の東口にあたる坂本宿は峠越えを前に旅人が体力を蓄え、準備を整えるための重要な拠点でした。最盛期には本陣と脇本陣を合わせて4軒、旅籠は約40軒が立ち並び、比較的大きな宿場として繁栄しました。
細長い地割りと復元用水堀
坂本宿の最大の特徴は、今も残る細長い地割りです。江戸時代に整備された短冊形の宅地割りが現代にも受け継がれており、街道沿いに細長く続く家並みが往時の面影を伝えています。
また、復元された用水堀も坂本宿の見どころの一つです。かつては道の中央を流れていた用水路が復元・整備されており、水の音が旅人の疲れを癒してくれます。現在は道路下に埋められた区間もありますが、道の端に移された用水が通っている部分も残っています。
坂本宿の主要スポット
坂本宿には宿場の風情を感じられるスポットが点在しています。八幡宮は坂本宿の鎮守として地域の人々に親しまれてきた神社で、宿場の精神的な中心として機能してきました。芭蕉句碑は俳聖・松尾芭蕉に関連する句碑で、中山道を旅した文人たちの足跡を偲ぶことができます。木戸跡は宿場の出入口に設けられた木戸の跡地であり、かつての宿場の範囲を今に伝えています。本陣・脇本陣跡には現在建物は残っていないものの、石碑や案内板が往時の様子を伝えています。
碓氷峠と関所、そして近代化遺産のめがね橋
坂本宿から先は、現在の長野県(信州)軽井沢宿へと続く碓氷峠越えとなります。碓氷峠は標高約1000メートルに位置し、かつては中山道最大の難所の一つとされていました。
碓氷関所の役割
碓氷関所は元和2年(1616年)に設置された関所で、出入りする旅人の検査が行われていました。「入り鉄砲に出女」と言われたように、武器が関東へ持ち込まれないよう鉄砲の通行を管理し、また大名の妻子が無断で江戸を出ないよう女性の通行を厳格に管理していました。
関所では通行人が「おじぎ石」と呼ばれる石の上で手をついておじぎをして通行許可を待ちました。関所跡は現在も安中市内に保存されており、復元された東門と資料館が整備されています。横川駅と碓氷関所跡の中間地点には安中市観光機構が設置した観光案内所(ミニ資料館)があり、関所の歴史を詳しく学ぶことができます。観光案内所はJR横川駅から徒歩約3分の距離にあります。
めがね橋(碓氷第三橋梁)の魅力
坂本宿の先、旧碓氷峠エリアには、近代化遺産として著名な「めがね橋(碓氷第三橋梁)」があります。明治25年(1892年)12月に完成したこの橋は、日本最大のレンガ造りアーチ橋として知られ、国の重要文化財に指定されています。
高さ約31メートル、全長約91メートルの優美な姿は、四連のアーチが眼鏡のように見えることから「めがね橋」の愛称で親しまれています。現在は橋の上を歩くことができ、眼下に広がる渓谷の絶景とともに、明治の土木技術の粋を間近に感じることができます。
旧碓氷峠ウォーキングのハイライト
横川駅から旧軽井沢駅に至るウォーキングコース(所要時間約7時間)では、坂本宿、碓氷関所跡、めがね橋、旧碓氷峠の熊野神社、碓氷見晴台などを巡ることができます。
碓氷見晴台は、榛名山、妙義山、八ヶ岳、北アルプス、浅間山などを望む絶好の展望スポットです。明治から大正時代にかけては、外国人避暑客たちが「サンセットポイント」と呼んで愛したビューポイントとして知られています。
さらに「覗(のぞき)」と呼ばれる古くからの眺望スポットでは、眼下に坂本宿の町並みと、歩いてきた中山道の道筋を一望することができ、旅の達成感を存分に味わうことができます。坂本宿の登山口から約45分ほど山道を登ると覗に到達し、さらに約15分進むと標高909メートルの刎石山山頂付近の休憩スポットに着きます。ここから峠頂部の熊野神社まではさらに約2時間半が必要で、本格的な山歩きを楽しむことができます。
上州七宿ウォーキングのモデルコースは3日間が基本
上州七宿の全行程を歩く場合、3日間に分けるのが一般的なモデルプランです。各日のコース概要を整理すると、以下の表のようになります。
| 日程 | 区間 | 距離 | 主な見どころ |
|---|---|---|---|
| 第1日 | 新町駅〜高崎駅 | 約13キロメートル | 新町宿、倉賀野宿、高崎宿、烏川河畔、倉賀野の松並木、高崎城址 |
| 第2日 | 高崎駅〜磯部駅 | 約19キロメートル | 板鼻宿、安中宿、原市の杉並木、正龍寺、便覧舎跡 |
| 第3日 | 磯部駅〜坂本(峠の湯) | 約15キロメートル | 松井田宿、坂本宿、妙義山の眺望、復元用水堀 |
第1日のポイント
新町駅をスタートし、新町宿、倉賀野宿、高崎宿の三宿を巡る区間です。比較的平坦な地形が続くため、ウォーキング初心者でも歩きやすいコースとなっています。烏川の河畔や倉賀野の松並木、高崎城址周辺など、変化に富んだ景色を楽しみながら歩くことができます。
第2日のポイント
高崎宿から板鼻宿、安中宿を経て磯部周辺に至るコースです。3日間の中で最も距離が長く、碓氷川沿いの風景や安中宿の史跡群を楽しみながら歩きます。安中宿の杉並木や正龍寺、本陣跡などを丁寧に巡ることで、充実した一日となります。
第3日のポイント
磯部から松井田宿、坂本宿を経て峠の湯に至るコースです。徐々に山がちになり、妙義山の雄大な景色を楽しみながら歩くことができます。坂本宿では宿場の風情を存分に堪能し、ゴール地点の峠の湯(日帰り温泉施設)で旅の疲れを癒すことができます。
上州七宿ウォーキングのアクセス情報
上州七宿は、各宿場へのアクセスがJR各線で確保されているため、自由度の高い旅程を組むことができます。主要な駅と区間の関係を整理します。
| 駅名 | 路線 | アクセス対象 |
|---|---|---|
| 新町駅 | JR高崎線 | 新町宿、第1日の起点 |
| 高崎駅 | JR高崎線、上越新幹線、北陸新幹線、上越線、信越線、両毛線、八高線 | 高崎宿、各コースの拠点 |
| 磯部駅 | JR信越本線 | 安中宿、板鼻宿方面 |
| 横川駅 | JR信越本線 | 坂本宿、めがね橋方面 |
東京・上野駅から新町駅までは高崎線の普通列車・快速で約1時間20分から1時間40分です(高崎駅乗り換えの場合もあります)。横川駅までは高崎駅乗り換えで約2時間程度となります。ゴール地点となる峠の湯(群馬県安中市松井田町坂本)は、横川駅からバスまたはタクシーを利用してアクセスできます。
ウォーキングを快適に楽しむための装備と注意点
上州七宿のウォーキングコースは、基本的に舗装された道が多いものの、石畳や未舗装の区間、碓氷峠付近では本格的な山道もあります。装備と季節を意識した準備が、快適なウォーキングのカギとなります。
装備の選び方
歩きやすいウォーキングシューズまたはトレッキングシューズの着用をおすすめします。3日間のコースを歩く場合は、日帰りではなく宿泊を伴うため、着替えや雨具なども含めた適切な荷物の準備が必要です。坂本宿から旧碓氷峠への山道を歩く場合は、トレッキングシューズや登山用の装備で臨むことが大切です。
季節ごとの特徴
春(4月から5月)と秋(9月から11月)が特に快適なウォーキングシーズンとされています。春は新緑と沿道の花々が美しく、秋は紅葉とともに歴史的な街並みがより一層映えます。夏は高温多湿で熱中症の危険があるため、早朝出発、水分補給、こまめな休憩が重要です。冬は碓氷峠付近で積雪することがあり、注意が必要となります。
ガイドマップとボランティアガイド
群馬県高崎行政県税事務所が作成した「中山道上州七宿めぐり散策図」(A5判16ページ)は、各宿場レベルのマップが掲載されており、どのルートが旧中山道かを一目で確認することができます。携帯しやすいサイズで設計されており、希望者には郵送での無料配布も行われています。
板鼻宿では地元のボランティアガイドによる案内が提供されています。事前予約が必要な場合もありますが、専門的な知識を持つガイドの案内で、単独ウォーキングでは気づかない歴史的なスポットや逸話を知ることができます。
上州七宿沿線のその他の見どころとグルメ
上州七宿のウォーキングを彩る存在として、沿線の自然景観や文化施設、地元グルメも見逃せません。旅の楽しみを広げるスポットを紹介します。
妙義山の景観
松井田宿、坂本宿周辺から望む妙義山は、奇岩・奇峰が連なる独特の景観で知られます。赤城山・榛名山とともに上毛三山の一つに数えられ、紅葉の名所としても人気です。白雲山、金洞山、金鶏山などの峰々が連なり、その険しい山容は「東の妙義」として全国的に知られています。
碓氷峠鉄道文化むら
JR横川駅に隣接する「碓氷峠鉄道文化むら」は、かつての碓氷峠越えを支えたアプト式鉄道(急勾配を歯軌条で登る特殊な鉄道)の歴史と機関車・車両を展示するテーマパークです。めがね橋を目指すウォーキングの前後に立ち寄ることができ、鉄道ファンだけでなく家族連れにも人気のスポットとなっています。
碓氷湖の散策
峠の湯の近くにある碓氷湖は、碓氷川の支流・丸沢川をせき止めて造られた人工湖です。湖畔の遊歩道を散策しながら、穏やかな水面に映る山々の景色を楽しむことができます。紅葉の季節には特に美しく、多くの観光客が訪れる場所として親しまれています。
安中藩の史跡群
安中宿の周辺には、江戸時代の安中藩にまつわる史跡が点在しています。安中城趾は現在安中市立安中小学校の敷地内に一部が残っており、藩の歴史を偲ぶことができます。また、旧安中藩郡奉行役宅は現存する数少ない安中藩関連建造物として貴重な遺構となっています。
群馬の地元グルメ
群馬県は「だるまの産地」として有名な高崎だるまをはじめ、こんにゃく、下仁田ねぎ、吉田うどんなど豊かな食文化を持っています。ウォーキングの途中には地元の食堂や道の駅に立ち寄り、群馬の味覚を楽しむのもおすすめです。
江戸時代の宿場が担った社会的役割
中山道の宿場町は、単なる旅人の宿泊施設にとどまらず、江戸時代の社会・経済・物流を支える重要な機能を果たしていました。その役割を理解することで、上州七宿の歴史的な意義がより深く見えてきます。
参勤交代と宿場の関係
江戸時代、全国の大名は参勤交代の制度により、2年に1度(あるいは隔年)、江戸と自国の領地を行き来しなければなりませんでした。大名行列は多い場合で数百人から数千人の人員が連なり、長距離を移動するため、道中の宿泊・食事・荷物の輸送すべてを宿場が担いました。中山道はおよそ30の大名家が参勤交代に利用したとされており、上州七宿もその重要な中継地点として機能していました。
宿場の中心には本陣と脇本陣が置かれ、大名や公家など身分の高い旅人が利用しました。一般の旅人は旅籠に宿泊し、食事と宿泊を提供する施設として全国の主要街道沿いに数千軒が営業していました。
問屋場と物流のネットワーク
宿場には「問屋場」と呼ばれる施設が置かれ、荷物や手紙(飛脚便)の中継・輸送を管理していました。また、助郷と呼ばれる制度により、宿場周辺の農村から馬や人夫が徴発され、輸送の不足を補いました。このような仕組みにより、全国規模の物流・情報ネットワークが江戸時代に構築されていたのです。
枡形による宿場の防衛機能
宿場町には、外敵の侵入を防ぐための「枡形(ますがた)」という仕組みが設けられていました。これは道を直角に曲げる構造で、直進を防ぐことで防衛上の効果を高めるものです。現在でも上州七宿の各宿場において、こうした枡形の痕跡や名称が地名として残っている場所があります。
上州七宿ウォーキングについてよくある疑問
上州七宿のウォーキングを計画する読者から寄せられがちな疑問について、要点をまとめてお答えします。
上州七宿は何日かけて歩くのが理想か
3日間で約47キロメートルを歩くのが基本的なモデルプランです。時間に余裕がある場合は4日間に分け、各宿場でゆっくり散策する旅程もおすすめです。時間が限られている場合は、1日コースとして新町駅から高崎駅までの約13キロメートル、または横川駅から坂本宿、峠の湯までの区間を選ぶと、日帰りでも上州七宿の魅力に触れることができます。
初心者でも歩ける難易度か
新町宿から高崎宿、安中宿までの区間は比較的平坦な地形が中心で、ウォーキング初心者でも歩きやすい難易度です。一方で、坂本宿から旧碓氷峠を越えて軽井沢方面へ向かうルートは、本格的な山道が含まれるため、トレッキングの経験と装備が必要となります。自身の体力と経験に合わせて区間を選ぶことが大切です。
どの宿場が見どころとして特におすすめか
安中宿と坂本宿は、上州七宿の中でも江戸時代の宿場町の風情を色濃く残しており、特におすすめの宿場です。安中宿では原市の杉並木、正龍寺、便覧舎跡など多彩な史跡を楽しむことができます。坂本宿では細長い地割りと復元用水堀が江戸時代の町割りを今に伝えており、めがね橋や碓氷関所跡と組み合わせて訪れることで一段と充実した旅となります。
群馬県のガイドマップはどこで入手できるか
群馬県高崎行政県税事務所が「中山道上州七宿めぐり散策図」を作成・配布しています。A5判16ページのコンパクトなマップで、希望者には郵送による無料配布も行われています。各宿場の詳細ルートと見どころが一目でわかる構成となっており、ウォーキングの計画づくりに役立ちます。
まとめ:上州七宿は街道文化を味わう絶好のウォーキングコース
中山道の上州七宿は、新町宿、倉賀野宿、高崎宿、板鼻宿、安中宿、松井田宿、坂本宿という七つの宿場を約47キロメートルで結ぶ、群馬県を代表する歴史ウォーキングコースです。江戸時代の宿場文化と街道の風情を今に伝える貴重なルートとして、歴史好き・ウォーキング好きはもちろん、日本の街道文化に関心のある幅広い層に親しまれています。
とりわけ安中宿は、原市の杉並木や正龍寺、便覧舎跡など見どころが豊富で、安中市の旧中山道ウォーキングコースとして整備された環境でゆっくりと楽しむことができます。上州七宿の終着点である坂本宿は、碓氷峠の入口として繁栄した歴史を細長い地割りや復元用水路の形で伝えており、めがね橋や碓氷峠越えのウォーキングと組み合わせることで、一段と充実した旅となります。
まずは1日コースから始めて、徐々に3日間の全行程へと歩みを広げていく旅程がおすすめです。群馬県のガイドマップやボランティアガイドの案内を活用しながら、自身のペースで街道文化の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。









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