神奈川県川崎市宮前区を流れる平瀬川の川沿いには、緑地や神社仏閣を巡りながら歩けるウォーキングコースが整備されています。川崎市と宮前区役所が公開する散策マップでは、このルートは「平瀬川沿いコース」と呼ばれ、距離はおよそ6.3キロメートルです。宮前区の菅生・平エリアを中心に、水辺の風景と丘陵地の緑、そして地域に残る歴史的な史跡をあわせて楽しめる点が特徴です。
平瀬川は多摩丘陵に水源を持つ小さな一級河川で、都心から電車で30分から40分ほどの立地にありながら、桜並木や野鳥に出会える水辺の風景が今も残っています。コースの途中では、徳川家康ゆかりの神事が伝わる白幡八幡大神や、多摩丘陵の自然が広がる生田緑地、桜の名所として知られる菅生緑地などに立ち寄ることができます。この記事では、平瀬川沿いコースの具体的なルートと距離、川の成り立ちや水環境、コース上の見どころ、そして宮前区という土地がたどってきた歴史を、できるだけ具体的な数字とともにまとめます。

平瀬川沿いコースは6.3キロ、菅生・平エリアを周遊するルート
川崎市の「ウォーキングのススメ」のページと宮前区役所発行の散策マップで紹介されている平瀬川沿いコースは、テーマを「平瀬川沿いの緑と歴史を訪ねて」とし、宮前区の菅生・平エリアを中心に歩く約6.3キロメートルのルートです。川沿いの遊歩道を軸に、周辺の緑地や神社を織り込みながら地域を周遊する形で設定されているため、往復するのではなく、ぐるりと一周する感覚で自然と歴史の両方を体感できます。
平瀬川流域には、距離や難易度の異なるコースがほかにもいくつか用意されています。体力や当日の時間に合わせて選べるので、まとめて比較しておきます。
| コース名 | 距離 | 特徴 |
|---|---|---|
| 平瀬川沿いコース | 約6.3km | 宮前区菅生・平エリアを周遊し、平瀬川沿いの緑と歴史を訪ねる |
| 平瀬川さんぽ | 約3.6km | 向ヶ丘緑地を起点に白幡八幡から薬王庵を抜けて平瀬川を下り、宮前区役所向丘出張所まで結ぶ |
| 平瀬川と生田緑地探訪コース | 5.0km | 蔵敷交差点を起点・終点に、島坂や矢道ノ坂、巴坂といった坂道を左回りで巡る。所要時間は1時間45分、歩数の目安は8200歩 |
| 向丘出張所発の健脚コース | 4.6km | 平瀬川沿いから菅生緑地を通り、中央卸売市場北部市場まで68分で歩く |
宮前区は多摩丘陵の一部にあたるため、起伏に富んだ地形です。平坦な川沿いの道だけでなく、要所で緑地の坂道に立ち寄る構成になっているコースが多く、変化のあるウォーキングを楽しめます。これらのマップはいずれもPDF形式で川崎市や宮前区役所の公式サイトから確認できるので、坂の位置をあらかじめ把握しておくと歩きやすくなります。
平瀬川は多摩丘陵に水源を持つ、流路7.56キロの一級河川
平瀬川は、多摩丘陵の宮前区水沢三丁目付近に本川の源を発する一級河川です。麻生区東百合丘付近に源を持つ平瀬川支川と宮前区初山付近で合流したのち、川崎市の中央部を北東方向へ流れていきます。その後、高津区下作延付近で流路を北に転じ、津田山台地を貫く二本のトンネルを抜けて、高津区久地付近でニヶ領本川と合流し、最終的に多摩川へ注ぎ込みます。流域面積は約27.05平方キロメートル、流路延長は約7.56キロメートルで、規模自体は大きくありませんが、宮前区のほぼ中央を貫いているため、地域住民にとっては暮らしに身近な川として親しまれてきました。
水質はB類型、正安橋周辺で鮎やコサギの姿も見られる
多摩川水系のうち二ヶ領本川と平瀬川はB類型に指定されており、平成30年度からは多摩川水系・鶴見川水系ともに生物B類型の指定を受けています。護岸が整備された区間が多い川ですが、正安橋周辺などでは川崎市が公開する「かわさき水辺の生きもの写真データベース」に生物調査データが載っており、鮎や小魚のほか、コサギやカモといった野鳥が観察できる場所として紹介されています。歩いていて川面に目をやると、季節によっては水鳥が羽を休めている様子に出会えるのも、この川沿いコースならではの楽しみです。
かつて平瀬川の水は農業用水として使われ、流域にはいくつもの水車が設置されていた時期もありました。昭和30年代以降、人口の急増とJR南武線、東急電鉄田園都市線、東名高速道路といった交通網の整備にともない、流域では大規模な宅地開発や農住開発が進み、急速に都市化していきます。かつての農村風景は姿を変えましたが、川そのものと、その周辺にわずかに残る緑地や社叢が、今も土地の記憶をつないでいます。
白幡八幡大神の禰宜舞は徳川家康の戦勝祈願が起源
平瀬川さんぽのコース上に位置する白幡八幡大神は、川崎市宮前区平に鎮座する神社で、玉依姫命、応神天皇、神功皇后を祭神としています。伝承によれば、康平4年(1061年)に源頼義が創建し、建久3年(1192年)には源頼朝が源栄山八幡宮の名で再建したと伝わります。徳川家康が関東に入国した天正19年(1591年)には社領70石の御朱印状を受け、明治6年には郷社に列格するなど、古くから地域の中心的な神社として崇敬を集めてきました。
この神社で特によく知られているのが「禰宜舞」です。禰宜舞は、白幡八幡大神の神主を代々務める小泉家に口伝で伝わる一子相伝の舞で、猿田彦命、天鈿女命、天児屋根命、彦火火出見命、大山祇命という五柱の神々をひとりで舞い分ける点に特徴があります。関ヶ原の戦いに出陣するにあたり、徳川家康が戦勝祈願のために神主に舞わせたのが始まりと伝えられており、川崎市教育委員会は昭和59年(1984年)10月30日にこの禰宜舞を川崎市重要習俗技芸に指定しました。現在も毎年7月と9月に奉納されていて、平瀬川沿いを歩く途中で、武将ゆかりの祈りの文化に触れられる点はこのコースの大きな魅力のひとつです。
生田緑地は面積119.3ヘクタール、岡本太郎美術館や日本民家園が点在
平瀬川流域から少し足を延ばすと、川崎市多摩区にまたがる生田緑地に着きます。生田緑地は面積約119.3ヘクタールにおよぶ川崎市最大級の都市公園で、多摩丘陵の自然がそのまま残された緑地です。園内には川崎市岡本太郎美術館、日本民家園、かわさき宙と緑の科学館、藤子・F・不二雄ミュージアムといった個性的な文化施設が点在し、散策路を歩くだけでも四季折々の草花や野鳥に出会えます。
川崎生まれの芸術家、岡本太郎の作品と資料を展示する川崎市岡本太郎美術館は1999年に開館しました。高さ30メートルの「母の塔」や、実際に座ることができる「坐ることを拒否する椅子」「手の椅子」など、鑑賞するだけでなく体感できる立体作品が見どころです。緑豊かな丘陵地に立つ美術館なので、ウォーキングの合間に文化的な寄り道をするスポットとしても向いています。「みやまえ坂道ウォーク」に収録されている「平瀬川と生田緑地探訪コース」は、こうした生田緑地南側の起伏を活かして設計されたコースで、平瀬川の水辺歩きと丘陵地の坂道歩きの両方を一度に味わえます。
生田緑地内にはほかにも見応えのある施設が揃っています。1967年(昭和42年)に開園した日本民家園は、姿を消しつつあった日本各地の古民家や水車小屋を移築・保存する野外博物館です。重要文化財を含む江戸時代の代表的な民家など20棟を超える歴史的建造物を、「宿場エリア」「信越の村エリア」「関東の村エリア」「神奈川の村エリア」「東北の村エリア」といった地域ごとのゾーンで見学できます。実際に建物の中に入り、かつての暮らしぶりや建築技術を肌で感じられる点が特徴です。かわさき宙と緑の科学館には、1500万個の恒星を映し出すプラネタリウム「MEGASTAR-Ⅲ FUSION」が設置されていて、子ども向けの投影からシニア向けの「星空ゆうゆう散歩」、乳幼児と保護者向けの「ベビー&キッズアワー」まで番組が幅広く、ウォーキングの締めくくりに立ち寄る文化施設としても人気があります。隣接地には、川崎市が「ドラえもん」の作者として知られる藤子・F・不二雄の作品世界を紹介する藤子・F・不二雄ミュージアムもあり、家族連れなら、こうした文化施設を組み合わせて一日がかりで巡ることもできるでしょう。丘陵地の自然そのものを楽しむ散策路と質の高い文化施設群が同居している点は、平瀬川沿いコースからの寄り道先として申し分ありません。
菅生緑地の通称は水沢の森、桜は4月上旬に見頃
平瀬川沿いコースの途中に位置する菅生緑地は、横浜市との市境付近に広がる公園で、地元では「水沢の森」とも呼ばれています。総面積は7ヘクタールを超え、丘陵地の地形をそのまま活かした造りです。緑地は東側地区と西側地区に分かれていて、東側地区には木製遊具や、段ボールやソリで遊べる斜面、自由に走り回れる広場が整備され、家族連れにも親しまれています。西側地区、通称「水沢の森」は、竹林やビオトープによって里山の風景が再現されたエリアで、雑木林や草原、水辺の再生を目的とした環境保全が行われており、静かな森林浴や自然観察に向いています。
桜の名所としても知られ、ソメイヨシノやヤマザクラ、イヌザクラなど複数の品種が植えられていて、例年4月上旬に見頃を迎えます。平瀬川沿いを歩いたあとにこの菅生緑地に立ち寄り、高低差のある里山風景を楽しむのも、このエリアならではの歩き方です。
東高根森林公園は久地駅から徒歩圏、湿生植物群落が残る
平瀬川の流域に近い東高根森林公園は、神奈川県川崎市宮前区神木本町に位置する神奈川県立の森林公園で、多摩川とその支流である平瀬川に囲まれた立地にあります。武蔵溝ノ口駅や溝の口駅南口からは川崎市営バスの溝15・16系統などでアクセスでき、「森林公園前」バス停から徒歩約3分です。JR南武線久地駅からは南西へ約980メートルの距離にあります。園内には自然林が広く保たれていて、湿生植物群落など貴重な自然環境が見られることでも知られています。平瀬川沿いコースから少し足を延ばして訪れると、川沿いの遊歩道とはまた違う、深い緑に包まれた散策を楽しめます。
宮前区は1982年に高津区から分区して誕生
平瀬川が流れる宮前区は、明治22年(1889年)の町村制施行の際に成立した「馬絹村字宮ノ前」という字名に由来します。この一帯に村役場が置かれたことから、後年、区の名称として受け継がれました。近世の宮前区一帯は水はけの良い地質を活かした畑作農業が中心で、江戸や東京に近い立地から果樹栽培や花卉栽培も盛んに行われていました。戦後もしばらくは農業を営む世帯が多く、丘陵と農地が広がるのどかな土地だったようです。
大きな転機となったのが、1966年(昭和41年)の東急電鉄田園都市線の開通です。これを機に急速な都市化が進み、人口が急増してベッドタウンとしての性格を強めていきました。そして1982年(昭和57年)、それまで高津区の一部だったこの地域は分区によって独立し、現在の宮前区が誕生します。区内には東高根遺跡や馬絹古墳といった古代の遺跡、奈良時代創建と伝わる影向寺など、農村時代よりもさらに古い歴史を物語る文化財も残っていて、丘陵地という地形が古くから人々の暮らしを支えてきたことがうかがえます。
こうした背景を踏まえると、平瀬川沿いコースを歩くことは、単なる自然散策にとどまらず、多摩丘陵の農村がベッドタウンへと姿を変えていった宮前区の近現代史を、足元の景色から追体験することでもあります。かつて水車を回していた川の流れ、武将が戦勝を祈願した神社、丘陵を切り拓いてつくられた緑地公園という三つの要素が、ひとつの川沿いのルートの中に凝縮されている点が、このコースの資料としての価値だと思います。
平瀬川流域まちづくり協議会が20年かけて桜300本を植樹
平瀬川流域では、住民主体のまちづくり活動も続いています。平瀬川流域まちづくり協議会は「川を活かしたまちづくり」の実現を目的とし、平瀬川の源流域に位置する宮前区を中心に活動を続けている団体です。平瀬川流域の環境や歴史を盛り込んだ地域マップを作成し、それを使ったウォークラリーを小学生も参加する形で実施するなど、地域ぐるみで川と親しむ機会をつくってきました。行政が発行するウォーキングマップだけでなく、こうした住民活動によって蓄積された地域の知見が、平瀬川沿いコースの魅力をさらに厚みのあるものにしています。両岸に植えられた約40種類・300本の桜も、この協議会の活動によって20年以上かけて育まれてきたものです。行政と住民が力を合わせて一本の川を育て続けてきた歩みそのものが、平瀬川沿いコースという資料の背景にあります。
久地円筒分水は1941年築造、二ヶ領用水の水争いをおさめるために生まれた
平瀬川沿いコースをさらに下流へたどり、高津区久地付近まで足を延ばすと、川崎市を代表する土木遺産のひとつ「久地円筒分水」に出会えます。ここは平瀬川がニヶ領本川と合流する地点のすぐ近くにあたり、平瀬川の流れそのものが持つ歴史的な役割を象徴する場所です。
久地円筒分水の前史となる二ヶ領用水は、江戸時代に川崎領と稲毛領にまたがって流れていたことからその名がついた、神奈川県内でも最も古い人工用水路のひとつです。徳川家康の命を受けた代官の小泉次太夫が、慶長2年(1597年)から約14年もの歳月をかけて開削しました。長い年月のあいだ用水の配分をめぐる水争いが絶えなかったことから、昭和16年(1941年)、公平に水を分ける施設として久地円筒分水がつくられます。多摩川の支流である平瀬川の下を二本のコンクリート管で潜らせ、直径8メートルの円筒から再び水を吹き上げる構造で、送られてくる水量が変化しても常に同じ割合で分水できる点に工学的な価値が認められています。設計を手がけたのは平賀栄治で、平成10年(1998年)には国の登録有形文化財に登録されました。水が絶えず湧き上がる円筒の姿は、平瀬川流域の農業用水の歴史を今に伝える遺構で、川沿いウォーキングの終盤に立ち寄る価値があります。
馬絹古墳と影向寺が伝える宮前区の古代史
平瀬川沿いコースの周辺には、農村時代よりもさらに古い、古代の記憶を伝える文化財も点在しています。宮前区馬絹にある馬絹古墳は、7世紀後半に築造されたと推測される円墳で、神奈川県指定文化財(史跡)に指定されています。石室内には壁画が確認されるなど特殊な構造を持つことで知られ、現在は馬絹古墳公園として整備され、発掘時の様子を伝える解説板も設置されています。石室自体は埋め戻されていて内部を見学することはできませんが、公園として整備された墳丘に立つと、多摩丘陵の一角にこれほど古い時代の遺構が眠っていたことに驚かされます。
奈良時代の創建と伝わる影向寺も、宮前区を代表する古刹のひとつです。長い歴史の中で幾度も再建・修復を重ねながら、地域の信仰の中心として今に受け継がれてきました。白幡八幡大神の禰宜舞が近世以降の武家の祈りを伝えるものだとすれば、馬絹古墳や影向寺は、それよりもさらにさかのぼる古代からこの丘陵地に人々が暮らし、祈りを捧げてきたことを物語ります。平瀬川沿いコースを歩きながらこうした史跡にも目を向けると、川と丘陵に抱かれたこの土地が、古代から現代まで途切れることなく人の営みを重ねてきた場所だと実感できるはずです。
地名「平」は戦国時代の領主・葛山平殿に由来する
平瀬川さんぽのコースが通る「平(たいら)」という地名にも、古くからの歴史が刻まれています。現在の宮前区平一丁目から六丁目、五所塚二丁目、けやき平、白幡台一丁目、南平台、そして多摩区長尾二丁目の一部にあたるこの一帯は、江戸時代には「平村」と呼ばれていました。江戸時代後期に編纂された地誌『新編武蔵風土記稿』には「古葛山平殿といひし人領せし故、平村と唱ふと云へり」と記されていて、かつてこの地を治めていた領主の名にちなんで村名がついたと伝えられています。さらに時代をさかのぼると、1559年(永禄2年)に作成された『小田原衆所領役帳』にも「稲毛平之村葛山」という記載が残っていて、戦国時代の後北条氏の支配下にあった頃から、すでにこの地が「平」として認識されていたことがわかります。白幡八幡大神や薬王庵を経て平瀬川を下る散策路の足元には、こうした戦国時代からの地名の記憶が今も息づいています。
令和元年東日本台風を機に多摩川合流部の治水整備が進行中
穏やかな流れで知られる平瀬川ですが、令和元年(2019年)東日本台風の際には、多摩川と平瀬川の合流部付近で浸水被害が発生しました。この被害を踏まえ、神奈川県は令和3年度に「多摩川水系平瀬川ブロック河川整備計画」を策定し、これに基づいて川崎市が「平瀬川・多摩川合流部整備事業」として、多摩川の計画堤防高に合わせた自立式の特殊堤を平瀬川側に築堤する工事を進めています。平瀬川の本川と平瀬川支川については、あゆみ橋より下流の区間はすでに改修が完了していて、3年に1度程度発生するとされる1時間雨量50ミリの大雨に対応できる水準まで整備が進んでいます。平成30年(2018年)1月には、神奈川県から多摩川水系平瀬川・平瀬川支川・二ヶ領本川・五反田川の洪水浸水想定区域図が公表されていて、川崎市の洪水ハザードマップとあわせて、流域の防災情報として確認できます。ウォーキングで川沿いを歩く際には、こうした治水の歴史や整備の経緯を知っておくと、目の前の穏やかな流れが、地域の安全を支える継続的な取り組みの上に成り立っていることを実感できるでしょう。
桜は40種300本、初瀬橋付近は河津桜の撮影スポット
平瀬川沿いの魅力を語るうえで欠かせないのが、両岸を彩る桜並木です。平瀬川流域まちづくり協議会の人々によって、20年ほど前から約40種類・合計300本ともいわれる桜が両岸に植え続けられてきました。ソメイヨシノだけでなく多様な品種が植えられているため開花時期に幅があり、長い期間にわたって花見を楽しめるのも特徴です。なかでも初瀬橋付近は、早咲きの河津桜が川面をピンク色に染める撮影スポットとして知られ、複数の橋を巡りながら河津桜の並木を楽しむ散策も人気を集めています。毎年4月には、地域の恒例行事として「鮎の放流と桜まつり」が開催されていて、桜が満開を迎える時期に合わせて川に鮎の稚魚を放流するこの催しは、平瀬川と地域住民との結びつきを象徴する行事です。
桜の季節が終わったあとも、平瀬川沿いは一年を通じて花や緑を楽しめます。初夏にはアジサイ、夏から秋にかけては酔芙蓉、そして秋にはコスモスやススキが咲き、地域住民による手づくりの花壇が川辺に彩りを添えています。生き物との出会いも多く、川面ではカモが泳ぎ、ムクドリやセキレイの姿も見られます。水中に目を向ければ、鮎や小魚のほか、ヤゴ、ドジョウ、鯉、カエルなど身近な水辺の生き物にも出会えます。川沿いには側道が整備されていて、こうした自然観察をしながらのウォーキングやサイクリングが日常的に楽しめる環境が整っています。季節ごとの見どころを表にまとめておきます。
| 季節 | 平瀬川沿いコースの見どころ |
|---|---|
| 春(4月頃) | 菅生緑地のソメイヨシノやヤマザクラ、白幡八幡大神周辺の桜並木、初瀬橋付近の河津桜 |
| 初夏から夏 | 川面を泳ぐ鮎や小魚、コサギなどの水鳥、咲き始めるアジサイ |
| 夏の終わりから秋 | 酔芙蓉やコスモス、ススキ、生田緑地や東高根森林公園の紅葉 |
| 冬 | 澄んだ空気の中に浮かぶ多摩丘陵の起伏、落葉した木々の間から見える景色 |
ウォーキングの歩数目安は厚生労働省が男性9000歩・女性8500歩と提示
平瀬川沿いコースは川沿いの比較的平坦な道と、宮前区特有の起伏のある坂道が組み合わさったルートなので、歩く前に自分の体力や目的に合わせてコースを選ぶことが役に立ちます。川崎市や宮前区役所が公開しているPDFマップには、起点・終点や距離、所要時間、歩数の目安が記載されているものが多く、初めて歩く場合はこうした公式資料を事前に確認しておくと迷いにくいでしょう。坂道の多い「平瀬川と生田緑地探訪コース」のようなルートを選ぶ場合は、歩きやすい靴とこまめな休憩を心がけたいところです。
厚生労働省は、日々の生活習慣に関する目安として、成人男性で1日9000歩、成人女性で1日8500歩を示しています。ウォーキングは酸素を使って体を動かす運動のひとつとされ、日常的に取り入れている人も少なくないようです。約6.3キロメートルの平瀬川沿いコースを一区間歩くだけでも、こうした歩数の目安に近い運動量を、緑と歴史を感じながら確保できる点は、日常のウォーキングコースとして大きな利点だと思います。歩く時間帯としては、日差しの柔らかい午前中や夕方が過ごしやすく、水面に光が反射する時間帯を狙えば、写真を撮りながらの散策としても楽しめます。
アクセスは宮前平駅や鷺沼駅、久地駅など複数の起点から選べる
平瀬川沿いコースをはじめとする宮前区内の各ウォーキングコースは、東急電鉄田園都市線の宮前平駅や鷺沼駅、溝の口駅、JR南武線の久地駅など、複数の駅を起点・終点として設定できる位置関係にあります。東高根森林公園へは武蔵溝ノ口駅や溝の口駅南口から川崎市営バスの溝15・16系統などを利用し「森林公園前」で下車するほか、JR南武線久地駅からも徒歩でアクセスできます。馬絹古墳へは、バス停「馬絹神社前」から馬絹神社を経由して古墳公園に向かうルートが案内されています。いずれのコースも川崎市や宮前区役所が公開するPDFマップに詳細な地図と所要時間が載っているので、事前に確認したうえで、自分の体力や当日の天候に合わせて起点・終点やルートの一部を選んで歩くことができます。坂道の多い区間と川沿いの平坦な区間が組み合わさっているため、時間に余裕を持って計画すると快適に歩けるでしょう。
初めて歩くなら宮前平駅から鷺沼駅までの平坦区間がおすすめ
川崎市宮前区の平瀬川沿いコースは、多摩丘陵に源を発する小さな一級河川である平瀬川を軸に、白幡八幡大神の禰宜舞のような武将ゆかりの伝統文化、生田緑地や菅生緑地、東高根森林公園といった豊かな緑地、そして農村からベッドタウンへと姿を変えてきた宮前区の近現代史までを、ひとつづきの散策路の中でたどれるルートです。距離はおよそ6.3キロメートルで、体力や時間に応じて「平瀬川さんぽ」や「平瀬川と生田緑地探訪コース」など、派生する複数のコースを組み合わせて歩くこともできます。
初めて歩く人には、まず宮前平駅や鷺沼駅を起点に川沿いの平坦な区間を軽く歩いてみることをすすめます。坂道が少なく距離感もつかみやすいので、宮前区の地形に慣れる最初の一歩として無理がありません。歩き慣れてきたら、生田緑地や東高根森林公園まで足を延ばす坂道混じりのコースに挑戦し、段階的にルートを広げていくとよいでしょう。桜が咲く春に歩けば花見を、夏に歩けば水辺の生き物観察を、秋に歩けば紅葉と実りを、冬に歩けば澄んだ空気の中の丘陵風景を楽しめます。川崎市や宮前区役所が公開する公式マップ、そして平瀬川流域まちづくり協議会のような住民活動によって支えられてきたこの散策路は、都市化が進んだ今の川崎市にあって、川と緑、そして歴史が身近に息づく貴重なルートです。歩くたびに違う発見があるところが、平瀬川沿いコースの一番の魅力だと感じます。









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